“離島医療”の現状 足りぬ医師 進む高齢化 就学支援やICT活用も

 高齢化が急速に進む本県離島地区の医師不足が深刻化している。人口10万人当たりの医師数は県全体では全国平均を上回っているものの、離島地区は大幅に下回っている。中でも上五島医療圏が最も少なく、県平均の半数にも満たない。県病院企業団が運営する地元の基幹病院、上五島病院(新上五島町青方郷、病床数186)を中心に離島医療の現状を探った。

■島の現実 
 1月下旬の休日、上五島病院の外科医、糸瀬磨さん(33)が回診で病棟にいたとき、意識を失った70歳代の女性が運び込まれてきた。「脳卒中の疑い」。救急当番の同僚医師から聞かされた。検査の結果、大動脈解離と判明。すぐさまドクターヘリを手配し、本土の病院に搬送した。「ここで診断し、搬送先の病院ですぐに手術できるよう同乗の医師に処置方法などを伝えた」。医師らの素早い対応で女性は約2カ月後、自宅に無事戻ることができた。
 だが、悪天候でヘリが飛べないこともある。そのときは本土の専門医と連絡を取りながら可能な限りの処置をする。糸瀬さんは「ヘリが来ないのも島の現実の一つ。限られた環境の中で、日ごろからスタッフの救急対応シミュレーションなどを繰り返しておく必要がある」と語る。
 同病院は情報通信技術(ICT)を活用して組織標本の画像を本土の病院に送り、病理診断や進行中の手術に役立てるシステムも導入。解決すべき課題はまだ多いが、院内でできる手術も少しずつ増えてきている。

■本土頼み 
 上五島病院の診療科目18のうち、常勤医師23人が内科や外科、産婦人科など10科目を担当。泌尿器科や眼科など残りの科目は、長崎大学病院などから医師の派遣を受けている。脳卒中や動脈瘤(りゅう)、未熟児、早産などの対応は難しく、専門医がいる本土の病院に頼らざるを得ないのが現状だ。
 県によると、2016年の人口10万人当たりの医師数は全国平均249・9人に対し、本県平均が307・5人。県内の地域別では長崎医療圏(長崎・西海両市、西彼2町)が411・6人で最も多く、上五島病院がある上五島医療圏(新上五島・小値賀両町)は140・9人で圧倒的に少ない。
 人口約1万9千人の新上五島町。かつては複数の民間の内科や小児科があったが、人口減や後継者不足などを理由に相次いで閉院した。現在は上五島病院と二つの付属診療所、町運営の国民健康保険診療所など公的病院と民間の眼科1カ所、歯科9カ所のみとなった。こうした現状を踏まえ、上五島病院は徐々に規模を拡大してきたが、外来患者も増えているため、医師の負担は依然として大きい。
 「もう少し細かく診てもらえるといいのだけど…」。町内の70歳代男性は約20年前から糖尿病予備軍として月に1度、上五島病院の内科を訪れる。待合室で1時間以上待って、診察は3分ほど。「年も年だし、じっくり診てもらいたいが、ぜいたくは言えない」。あきらめ気味に話す。同病院によると、一日に外来で担当する患者数は内科医で約40人。仮に患者1人当たり10分間として、午前9時から休みなく診察を続けても、終わるのは午後3時を過ぎる。
 八坂貴宏院長は「当直がある現場はもっと大変。医師のストレスや医療の質の低下にもつながりかねない。もう少し医師がいれば、より深く対応できるのだが」と語る。

■返済免除 
 県は、離島などに一定期間勤務すれば奨学金の返済を免除する制度などを導入。上五島病院もホームページに年間を通して求人を出しているほか、医師や看護師向けの就職説明会に積極的に参加している。しかし、学会や研修会などが頻繁に開かれる都市部の病院に就職希望が偏るケースが多く、地理的ハンディを克服できていないのが現状だ。内科医の平光寿さん(29)も奨学金を利用した一人だが「奨学金の返済が免除された時点で島を出て行く人もいるので、結果的に年数が若い医師が残る。自分自身、上が抜けていく中で後輩を指導していくことに不安もある」と打ち明ける。
 県は離島の病院や診療所に勤務する医師数を200人(2016年度末現在)から23年度年までに225人に増やす計画。奨学金制度に加え、東京で離島病院の説明会を開催し、医師の家族も含めた見学会なども開いている。こうした取り組みが奏功し、本年度から関東地区出身の4人の医師が離島地区などで勤務を始めたが、目標数にはまだ届いていない。県は「長いスパンで考える必要がある」としているが、町内の70歳代男性は「少しでも早く増やしてほしい」と切望している。

◎上五島病院 八坂貴宏院長(55)/高齢者医療の仕組み全国に発信 

 上五島病院の現状や島の課題について八坂貴宏院長に聞いた。

 -現在、常勤医師は23人。
 まだ足りない。あと5人くらいはほしい。内科などに加え、皮膚科といった常勤でない医師も増やしたい。

 -離島ではできない手術もある。
 島なので、それは当然のこと。全てできるわけではない。それを分かった上でどこまでできるか追求し続けてきた。離島なので地域完結型、やれることは全部やりたいが、なかなか難しい。脳外科などは、以前から患者さんを本土の病院に搬送してきた。人口が減ってきているので、これは変わらないと思う。

 -医師が定着するためには。
 医師として学べるようにすること。内科や外科など専門医の資格を(上五島病院で)取得できるようにしている。

 -今後、改善したいことは。
 やはり、圧倒的な人材不足だが、人がいない分は多く働いて情報共有をしていく。お年寄りが多い地区なので、日本の将来のモデルになり得る。高齢者医療の仕組みを全国に情報発信していくという、やりがいはある。

 -住民に呼び掛けていることは。
 生活習慣病の発生源となる高血圧、高コレステロール、高血糖の三つを防ぐための啓発活動に取り組んでいる。健診で病気を見つけ、治療する流れもさらに広げていきたい。

 -島は人口減少が進む。
 今は「人手不足」と言いながらも、将来的には医師や病床の数、病院機能を減らすことも考えねばならない。それが難しい。

 -離島出身者として思うことは。
 島のためになると思って医師の道を選んだ。総合的な診療はできていると思っているが、医療以外でも島民を支えたい。Iターンの医師や看護師らを呼ぶために、島の魅力をホームページなどを通じて発信したい。島は住む価値がある場所であり、ここだからできることを探したい。

 【略歴】やさか・たかひろ 対馬市出身。県立長崎南高、長崎大医学部卒。生月病院などに勤務し、1997年に外科医として上五島病院に赴任。2007年から院長を務める。

診療方針について協議する医師=上五島病院
各医療圏の医師数の比較
八坂貴宏院長

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