全て残されていた

 いつか自分も、と思ってたけど、やっとできて良かった。高齢の、身近な一人が先日喜んでいた。高校生平和大使が街頭でやっている署名活動を見掛けて、ようやく署名できたという▲平和大使は1998年に発足した。核兵器廃絶を訴えようと2001年、1万人分の署名集めが始まった。その当初の平和大使の気落ちした声がかつての本紙に残る。街頭で活動中、年配の人に「おまえたちに何が分かる。やったって何も変わらん」とののしられた。ああ、私たちって無力なのかな。そう思った、と▲地道な、熱心な活動は続けるうちに賛同の輪を広げた。署名は毎年、スイス・ジュネーブの国連欧州本部に平和大使が届け、その総数は実に約168万筆▲保管スペースがもう限界です、この先は紙以外の形で-。国連本部から先ごろ、こんな要請があったという。平和大使を派遣する側は驚き、厚意に感謝した。普通ならばいずれ処分されるはずの署名が、全て保管してあるのを知って▲来年からは署名簿を写真に撮って提出したり、引き取った署名簿を再生紙にして折り鶴を作り、国連に贈ったりすることを考えているという▲署名簿の束が日本で折り鶴となり、また国連に渡る日が来るかもしれない。署名活動を積み重ねた結果と思えば、そんな日が待ち遠しくなる。(徹)

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