第2回:SDGsを事業戦略に統合する 【SB Vancouver 参加レポート】

2018年6月にバンクーバーで開催されたSB国際会議。日本人参加者として、個別に参加したBreakout Session(テーマごとの個別セッション)を中心に、日本ではまだ語られていないトレンドや現地の雰囲気を全3回に渡って紹介してます。

国連のエンゲージデイレクターからのSDGsの動きの説明

第2回のテーマはSDGsを切り口とした講演内容です。「Aligning Strategy with the SDGs to Improve Brand Value SDGs」SDGsを事業戦略に統合し、ブランド価値をどう高めるか?という対話型ワークショップについてレポートします。

SDGsとはSustainable Development Goalsの略で、2015年に国連で合意した「持続可能な開発目標」の事です。SDGsは17の目標と169ターゲットに細分化されており、2030年まで達成することを目標とした地球規模でのサステナブルチャレンジと言えます。現在、持続可能な世界を実現するために、国レベルの活動から、自治体レベル、企業組織レベル、そして個人の意識変革レベルまでに広がるムーブメントが世界で起こりつつあります。

会場のあちらこちらでSDGsを切り口としたワークショップが開催

日本においても2017年11月に改定された経団連の「企業行動憲章」の中にSDGs達成を柱にしていく事が明記されるなど、企業文脈でのSDGs達成の動きが加速しています。特に今年の多くの企業方針発表の中に、SDGs達成が重要指針として盛り込まれる事例を数多く目にしています。

しかしながら、既存の事業活動をSDGsの17目標に当てはめ整理しているステージが今は大半かもしれません。バンクーバーの会場では、SDGsの啓蒙活動は勿論、具体的にSDGsをどう企業戦略として統合し、さらに社員一人ひとりの行動まで浸透し、組織のブランド価値向上と従業員のエンゲージメント向上に結びつけていくか?といった具体的な企業価値向上の切り口で、多くの対話が生まれておりました。

SDGsを統合したヒルトン企業戦略:「トラベル・ウィズ・パーパス」

分科会のセッションの中で特にスピーカーと参加者との対話で盛り上がったのが、ヒルトングループの新しい企業戦略です。グローバル・コーポレート・レスポンシビリティ部門のシニアディレクターより、彼らのSDGsを統合した新しい戦略内容と実践ポイントについて語られました。

ヒルトンは、世界106ヵ国に5,400軒以上のホテルとタイムシェアプロパティを展開しているホスピタリティ業界のグローバルリーダーです(2018年8月現在)。この「トラベル・ウィズ・パーパス」は、持続可能な旅行を世界的に再定義・推進するヒルトンの企業責任戦略で、SDGsを切り口に2030 年までに、社会的影響を倍増させ、環境フットプリントを半減させる具体的な戦略目標になります。

紹介されたヒルトングローバルサイトにある公開資料

この「トラベル・ウィズ・パーパス」は、大きく2つの目標を柱としています。

1)Social Impact: 地球を守るために環境影響を半減

  • ・61%の炭素排出強度の低減。これはパリ協定に沿うもので、科学と整合した目標設定イニシアチブ(SBTi)も承認
    ・水消費量と廃棄物の50%削減
    ・運営施設でのプラスチック・ストローの排除
    ・肉、家禽、農産物、魚介、綿の持続可能な調達
    ・既存の石鹸リサイクル・プログラムをすべてのホテルに拡大し、石鹸埋め立てをゼロに

2)Environment Impact: 投資を倍増させて地域社会でプラスの変化を推進

  • ・地元企業、小企業、少数民族経営企業からの調達額を倍増
    ・地元の団体や学校との提携を含め、女性と若者のための機会プログラムへの投資を倍増
    ・チームメンバーのイニシアチブを通じて1,000万時間のボランティアを実施
    ・自然災害救援活動のための金銭的支援を倍増
    ・ヒルトンのバリューチェーンでの人権機能を前進させて強制労働と人身売買を根絶

(ヒルトングループ、プレスリリース資料を参考)
このチャレンジングな目標設定の背景に、「自分たちのビジネスの成功は、自分たちのコミュニティが成功することに直接繋がっている」と強く信じていることです。

ヒルトンの宿泊客72,000人を対象とした調査によれば、特にミレニアル世代を中心に、「社会、環境、倫理に関する考慮」が宿泊先を選択する重要項目になっているそうです。すでに、環境面においては炭素排出量と廃棄物の30%削減とエネルギー・水消費量の20%削減を実現し、営業効率で10億ドル以上の節減も行なっているとのことです。

今年7月にシアトル州においてプラスチックストローを中心としたプラスチック食器類の販売使用規制がスタートしました。深刻な海洋汚染の問題が背景にありますが、観光ビジネス中心のヒルトンにとっても海洋汚染は経営に大きく影響する問題でもあります。すでにヒルトンは、「500万個のプラスチックストロー、2000万個のプラスチックボトルをヨーロッパ、中東、そしてアフリカのホテルから毎年無くしていく」と宣言。勿論、日本全国のヒルトンホテルにおいてもプラスチックストローを廃止し、紙ストローなどの代替策の動きが7月からスタートしております。

このトラベル・ウィズ・パーパスは、利益が生まれた上での社会貢献というステージから、直接的に自分たちのビジネスリスクを低減し、さらに売上利益を高めるための戦略的な経営目標とも言えます。トラベル・ウィズ・パーパスを策定するにあたりベースとなったのが、前述のSDGsの考えだったそうです。

SDGsはとてもシンプルでわかりやすいという利点を活かし、SDGsを切り口にヒルトンにおけるマテリアリティ(社会的重要課題)分析を実施、さらに投資家の視点も重要視したそうです。

積極的な意見交換、相互対話が生まれる分科会

質疑応答のセッションでは、「SDGsはリスク回避型で、ビジネス機会創出のアプローチとは言えないのではないか?」「投資家重視とあるが、ステークホルダーは投資家ではなく、地球ではないか?」と言った厳しい指摘もありました。背景として、「SDGsウォッシング(SDG-washing)」と呼ばれる、うわべだけの環境・社会貢献活動、最近のSDGsを利用した表面的なアピールに対する懸念だと思います。

私個人としては、ヒルトンの動きは単なるSDGsを自社活動に当てはめてアピールしていくようなSDGsウォッシングの感覚は全く感じませんでした。むしろ、SDGsを基盤に自分ごとの目標として再定義している点、具体的な定量目標と評価システム、さらに従業員一人ひとりがこの目標にコミットして動いている点、さらにそれを世界規模で動かしている彼らは、まさにSDGsを自分たちのブランド価値に繋げているベストプラクティスではないでしょうか?

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