第54回:「レジリエンス」の語源を探る旅 David E. Alexander / Resilience and disaster risk reduction:an etymological journey

(出所)David E. Alexander / Resilience and disaster risk reduction: an etymological journey

これまで本連載において「レジリエンス」という概念について論じられている論文をいくつか紹介させていただいたが(注1)、レジリエンスの概念そのものに関してこれだけ議論が行われるのは、その概念が曖昧であり、様々な認識や解釈が世間で混在しているために、議論がうまく噛み合わなかったり誤解を招いたりするなどの混乱が生じているからである。

今回紹介する論文「Resilience and disaster risk reduction: an etymological journey」(注2)(以下、「本論文」と略記)も、そのような問題意識に基づいて書かれているが、アプローチのしかたが以前に本連載で紹介させていただいた論文とは異なる。本論文は副題に「語源に関する旅」と書かれているとおり、「レジリエンス」の語源や用法の変遷について詳細に調査した結果をまとめたものである。著者はユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(ロンドン大学を構成するカレッジの一つ)のリスク・防災研究所(Institute for Risk and Disaster Reduction)の教授である。

本論文ではまず、「resilience」の語源がラテン語で「跳ね返る」を意味する「resilire」および「resilio」だと言われていることや、それ以外にも著者は中期フランス語で「引っ込める」や「取り消す」という意味の「résiler」という単語があり、これが英語の「resile」に移り変わり、1529年の文献に「引っ込める」、「前の位置に戻る」、「中止する」といった意味で使われていたことを紹介している。

そして、現在わかっている範囲で最初に「resilience」という単語が科学の分野で使われたのは、哲学者のフランシス・ベーコンの著書「Sylva Sylvarum」(森の森、1625年)だそうである(本論文には該当箇所の写真も掲載されている)。さらに 16~17世紀にかけて出版されたいくつかの辞書や用語集で「resilience」が掲載された事例も紹介されている。

19世紀前半までは「resilience」は「跳ね返って戻る」というような意味で使われていたようだが、これ以降に「弾力性」など様々な用法で使われるようになってきたようであり、1839年の文献には困難な状況から回復する能力(精神力)として使われた例があるという。特に、ペリー提督に随行して日本に来ていたアメリカ人が1857年に書いた文献では、1854年に発生した安政東海地震に被災した下田の街が復旧していく様子に対して「resiliency」(resilience と同義と考えてよい)という表現が用いられていることが紹介されている。

さらに、力学の分野で「resilience」が最初に用いられたのが 1858年であること、心理学では 1950年代から使われ始め、1980年代後半から多用されるようになったこと、1990年代から社会学や生態学などで用いられ始めたことなどが紹介されている。災害リスク軽減の分野においては、国連国際防災戦略事務局(UNISDR)が2009年にこの分野における「レジリエンス」を定義したことが紹介されている。特に2000年代以降は「レジリエンス」が流行語(buzz-word)的に用いられていることも指摘されているが、「レジリエンス」は多面的な概念であり、それゆえ様々な分野の研究者たちの間の架け橋となりうる可能性が、本論文の結論の一つとして示唆されている(図1)。

図1. 様々な分野の中での「レジリエンス」の位置づけ(出所)David E. Alexander / Resilience and disaster risk reduction: an etymological journey

本論文の前半部分には 1600~1800年代の資料の写真なども掲載されており、レジリエンスの歴史がまとめられた資料として貴重な論文である。特に筆者の同業者の皆様には、レジリエンスに関する話のネタを増やせるという意味も含めて、ご一読をお勧めしたい。

■ 報告書本文の入手先(PDF10ページ/約6.0MB)
https://www.nat-hazards-earth-syst-sci.net/13/2707/2013/

注1) 次の3つの記事にて紹介させていただいた。
「世界の研究者は『レジリエンス』をどのように捉えているのか - 様々な論文や書籍におけるレジリエンスの定義」http://www.risktaisaku.com/articles/-/2667
「コミュニティのレジリエンスを我々はどのように捉えるべきか? - コミュニティのレジリエンスに関する系統的文献レビュー」 http://www.risktaisaku.com/articles/-/2947
「第51回:組織のレジリエンスの概念や評価手法に関する系統的レビュー」 http://www.risktaisaku.com/articles/-/7319

注2)Alexander, D. E.: Resilience and disaster risk reduction: an etymological journey, Nat. Hazards Earth Syst. Sci., 13, 2707-2716,https://doi.org/10.5194/nhess-13-2707-2013

注3)UNISDR: Terminology on Disaster Risk Reduction. United Nations International Strategy for Disaster Risk Reduction, Geneva, 2009. https://www.unisdr.org/we/inform/publications/7817

(了)

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