「交通遮断」に合わせた事業継続、大都市企業の課題に 京都SCREENホールディングス

京都市上京区にあるSCREENホールディングス本社社屋

6月18日朝に起きた大阪北部地震と、7月5日から7月8日にかけて西日本を中心に記録的大雨に見舞われた西日本豪雨。「幸い、当社では2つの災害を通じて各事業所の被害も、社員とその家族の命に関わる被害もなかった。しかし、京都・滋賀に主な拠点をもつ当社では、災害に伴う公共交通機関の乱れが社員の出退勤に影響を及ぼすなど、いくつかの課題が見つかった」と振り返るのは、株式会社SCREENビジネスエキスパート・環境サスティナビリティ事業部長の西原敏明氏。

SCREENホールディングスは、京都市に本社を置く産業用機器メーカー。半導体製造装置をはじめ、印刷関連、ディスプレー関連の製造装置分野などで卓越した技術を持つグループ会社を有しており、各事業会社がそれぞれに世界シェアナンバーワンを誇る製品を持つ業界トップランナー。現在、滋賀県彦根市の半導体製造装置の生産工場を中心に、国内外に生産拠点や60社のグループ会社をもち、国内だけで総勢4500人従業員を擁する。

SCREENビジネスエキスパートは、SCREENホールディングスの傘下で総務系の役割を担っている企業だ。西原氏は、SCREENグループ全体の事業継続(BCP)・安全衛生・環境の3分野の推進役を担っている。

世界規模のサプライチェーンで重要な役割を果たす同社は、BCPにおいても先進的企業の一つ。2011年の東日本大震災で福島県内のグループ会社が被災して事業継続の支障を経験して以来、本格的にBCPに取り組んできた。2016年4月の熊本地震では、ちょうど同年1月に熊本県益城町に開設したばかりの熊本事業所が被災したが、幸い大きな被害はなく、また日頃の周到なBCP体制が機能し、従業員の生活復旧を含め、被災から5日後の4月19日には操業再開を果たした。

ところが、今回の2つの災害では従来のBCP計画通りの対応に課題が残ったのだという。西原氏と島田氏に当時を振り返ってもらった。
 

事例1ー大阪北部地震(2018年6月18日)

SCREENホールディングスの広報担当を経て、昨年から西原氏と二人三脚で「本社災害対策本部」メンバーとして事業継続を担当する島田清孝氏は「大阪北部地震のときは、我々を含めて出勤できない災害対策本部メンバーが出てしまった」と懐述する。

大阪北部地震が起きた6月18日午前7時58分頃。西原氏はJR高槻駅ホームで、京都行きの電車を待っていた際に被災した。急きょ自宅に引き返し、自家用車に乗り換えて会社に向かった。

同じく島田氏も、発災時はJR琵琶湖線の電車の中にいた。「発災後直ちに関係者に連絡を取り一定の段取りを行ったものの、2時間以上車内に閉じ込められてしまった」という。結局2人が京都市内の本社に着いたのは、島田氏が午前11時30分頃。西原氏は途中渋滞に巻き込まれ、到着したのは午後3時を過ぎていた。

同社が東日本大震災後の2012年に導入した安否確認システムは、国内で震度5強以上の地震が発生すると自動的に安否確認メールが全従業員に一斉配信される。年4回行っている安否確認訓練の甲斐もあり、18日の地震では一斉配信から1時間後の9時過ぎに89%、10時には94%の社員から安否回答を得た。その後回答のない残りの6%の社員には電話で直接確認をとり、午後3時までには全ての従業員の無事を確認できた。

安否確認と併せて導入した災害時の情報共有システム「Bousaiz(ボウサイズ)」も最大限活用できた。各事業所では、人事対応、施設・設備、IT、広報など担当を決めて、被害状況を投稿することで、400人の緊急対策要員メンバーに一斉共有できる。今回の地震では出勤困難者が多く、投稿が難しかったことから、本社対策本部が現地の災害状況を聞き取って代理投稿するなど、各事業所の被災状況に関する情報共有に努めた。

ようやく出勤できた社員に追い打ちをかけるように襲ったのが、帰宅困難だった。同社では通常業務終了時刻午後5時45分より早い午後4時に、各事業所の判断で社員に早めの帰宅を促すよう通達した。

私鉄各線は昼から夕方にかけて順次運転を再開したが、JR各線は当初午後3時に運転再開するというアナウンスが何度も延期され、最終的に運転を再開したのは夜10時を過ぎていた。駅構内は長時間にわたって運転再開を待つ通勤・通学者や観光客で溢れた。

事例2-平成30年7月豪雨(2018年7月5~8日)

7月5日、台風10号から停滞前線に移り変わり、京都市内では大雨が続き、市の中央を流れる鴨川が荒々しい濁流となっていた。JR西日本は5日午後、翌6日始発から近畿圏の多くの在来線で運転見合わせを発表した。これを受けて同社では、急きょ全事業所に対し運休対象沿線に住む社員の速やかな帰宅と、翌日の自宅待機を通達した。

この5日はとどまることなく雨が降り続き、京都市内も山間部や上流の地域では「避難勧告」「避難指示」が出された。下流に向かって避難対象地域が新たに追加されるごとに、SCREEN本社でも社員の携帯電話やスマートフォンから警告音が鳴り響いた。「帰宅できない人のために近隣のホテルを確保し、それも難しい人には会社に泊まってもらうよう準備した」(島田氏)。この日、早めの帰宅指示が奏功し、社内に留まる社員はゼロだったという。

翌6日の朝、JR各線の多くが発表通り運休したが、JR京都線、私鉄各線、地下鉄は運転しており、大阪方面からの通勤者は出社でき、平時同様に業務に就いた。しかし、この日も雨足の勢いは衰えず、「このまま降り続けば、土砂崩れなどで今動いている電車も不通になるかも知れない」。帰宅困難者を出さないよう、午後2時頃に各事業所に当日6日の帰宅方針と翌週9日朝の出勤方針を通知した。幸い夜半頃には、関西地方の雨は終息に向かい、不通であったJR各線も運転を再開し始めた。

しかし、中国・四国地方では週末も未曾有の大雨が続いた。今回、災害対策本部が立ち上がっていなかったため、担当社員が本社に参集することはなかった。だが社員は状況観測を続け、顧客やサプライチェーンの状況を含めた報告体制を敷き、引き続き緊急事態に備えた。大雨は週末でほぼおさまったが、休日に入って深刻な被害状況が相次いで報道され、特に中国と四国地方の顧客やサプライヤーの被害状況の把握を行うことになった。

翌週9日朝にはJR各線・私鉄・地下鉄の全線で始発から平常運転され、久しぶりに通常勤務を迎えることができた。

SCREENホールディングスで事業継続を統括する西原敏明氏と島田清孝氏

2つの災害を踏まえて、SCREEN社が得た改善ポイント

大阪北部地震と平成30年7月豪雨。関西の大都市圏にも大きな被害を与えた。今回の事態をどのように評価し、今後の事業継続をどのように対応するべきか。幾つかの改善ポイントが見えてきたと西原氏はいう。

1.気象と交通の変化を読み、いかに的確な社員誘導ができるか

6月の地震と7月の豪雨は、全国的にはブロック塀の倒壊や、死者220名・全壊5000棟以上が犠牲になる大きな災害となった。自社の生産拠点のある京都・滋賀地域においては、いずれの災害も「交通遮断リスク」という点で共通していた。ただ現場の対応には大きな違いがあったという。

島田氏は「地震は突発的に起こり甚大な被害を及ぼす。一方、大雨や台風などの水害はある程度予測ができるが、対象地域が移動し、長引くほどに事態が悪化していく。先の状況を読みながら、タイミングよく方針を通達する力量が問われる」と分析する。

台風情報であれば、中心が自社拠点をいつ通過するのかによって、ある程度想定される災害を予測できる。また、これに応じて電車・バスなどが線路の冠水や土砂災害で運休し、社員の出勤帰宅に大きな影響をきたすことも予想が可能だ。今回のように記録的豪雨が何日も続くようであれば、先を見越した早い決断が求められる。「社内からの『災害予報に過敏になっている。そこまでやらなくてもいいのでは』という反応があることには配慮しながらも、思い切って業務より安全確保を優先することも必要」と西原氏はいう。
 

2.代替可能な対策本部体制をどう構築するか

今回誤算だったのは6月18日の大阪北部地震の際、災害対策本部を立ち上げる事務方の主力メンバー2人がいずれも出勤困難に陥ったことだ。

7月の豪雨では、5日午後9時頃になると、ついに本社のある中心市街地の京都市上京区にも避難勧告、避難指示が出された。社内に残っていた防災担当の社員らは「我々もこのまま社内にいて大丈夫なのだろうか、とさすがに心配になった」という。

「これまで、生産ラインの持続を至上命題にBCP計画を立てて、一定の成果を得てきた。ところが我々自身が被災してしまえば、本来の計画を発揮できず、社員を守ることができない。頭では理解していたが、適切に対処できなかったのは今後の反省」と西原氏。「週末、直接会社に参集しなくても、ある程度対応できたのは日頃の訓練の成果。ここはもっと高めていきたい」と厳しい状況を乗り越えた成果にも目を向ける。

3.従業員の避難場所・経路をいかに確保するか

今回、6日夕方、京都市上京区の本社に避難指示が出されたとき、すでにほとんどの社員が帰宅し、社内には十数人しか残っていなかった。このとき西原氏はふと「もし、まだ多くの社員が社内にいるうちに交通遮断が起こり、そんな時に避難指示が出たら、1000人規模の従業員をどう誘導したらいいのか。不安を感じた」という。

「近隣住民は学校体育館などに避難すれば、必要な支援物資の調達がある程度期待できるだろう。だが企業は事態が落ち着くまで自社施設内で社員を守らなければならない。さらに地域住民や観光客の受け入れまで想定し、緊急物資の備蓄を増やすことも考えなければ。今後の運用改善に大いに生かしていきたい」(西原氏)。

(了)

 

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