【選挙権は誰のものか】外国人への付与、議論も

 熊本大法学部の憲法ゼミは前回、憲法が民間同士に原則として適用されないと学んだ。「3限目」の今回は憲法上の権利が誰に保障されるかを考える。立法や行政といった統治の在り方に自らの意思を反映させる「選挙権」を持つ人の範囲は、時代とともに広がってきた。では、日本に住む外国人はどうだろう。3年生が賛成、反対に分かれて討論した。

 ゼミはまず、世界史を振り返った。近代憲法が17~18世紀に成立した当時、権利の主体と想定されたのは「市民」。英国では「一定の教養と財産がある人」、米国は「有徳の人」とされた。いずれも女性は含まれていなかった。

 選挙権でみると、その範囲が段階的に広がったのが分かる。米国が南北戦争を経て奴隷を解放し、一部の黒人男性に選挙権を拡大したのは1870年。英国は67、84年に労働者階級に「1票」の権利を与えた。女性への導入はさらに遅れ、英米が1918~20年、フランスは45年だ。

 日本は1925年に納税額の条件がなくなり、25歳以上の男性による普通選挙に。選挙権の男女平等は戦争が終結した45年にようやく実現した。

 一方、国会などで近年議論されてきたのが、在留外国人に関する選挙権の問題だ。日本では国政選挙、地方選挙とも認められていない。

 選挙権を含む憲法上の権利が在留外国人にどこまで及ぶかは、最高裁大法廷が「マクリーン事件」判決(78年)で考え方を示している。ベトナム反戦デモなどの政治活動を理由に在留資格が更新されなかった米国籍の英語教師が、処分取り消しを求めた訴訟だ。

 判決は「憲法の基本的人権は、在留外国人にも及ぶ」としたが、「権利の性質上、国民のみを対象としたものは除く」と条件を付けた。保障するかどうかも「在留制度の枠内にすぎない」と国に幅広い裁量を認めた。

 学生たちはこの判例を学んだ上で、同じ在留外国人でも在留手続きを免除されている「特別永住者」に地方選挙権が与えられるか、を討論テーマに設定した。地方選挙権は国民のみを対象にした権利か否か-。白熱したディベートが始まった。

【討論】特別永住者に地方選挙権 認める?

 特別永住者は、在日の韓国人、朝鮮人、台湾人らのうち、戦前の占領政策でいったん日本国籍が与えられながら、終戦を機に日本国籍を失った人と、その子孫のこと。戦後も引き続き日本で暮らし、昨年末時点で全国に約33万人(県内は約500人)いる。

 賛成派の先陣を切ったA班は、海外に目を向けた。国政選挙権は大半の国が自国民に限っているが、地方選挙では、人口が少ない北欧が国家を維持する手段として在留外国人に門戸を開放。欧州連合(EU)も、多くの加盟国が域内の国籍を持つ人に認めている。

 この事例からA班は「日本も人口が減り、外国人労働者の受け入れを増やす政策を進めている。県や市町村の行政は生活と密接な関わりがあるから、地方選挙に限って認めていい」と主張した。

 これに対し、反対派のB班は「EUは同じ文化圏で、北欧も特殊なケース。日本が採用する理由や必要性は見当たらない」と反論した。

 賛成派は次に、特別永住者の在日韓国人が選挙人名簿への登録を求めた訴訟の最高裁判決(1995年)を取り上げた。判決は「居住地の地方公共団体と緊密な関係にある永住者らの意思を公共事務に反映させるべく、法律で選挙権を付与することは憲法上禁止されていない」と述べている。

 「特別永住者に地方選挙権がない現状は憲法に反しないが、国会が法改正するならそれも認めていい、というのが最高裁の立場。柔軟に対応していいのではないか」とA班。

 一方、反対派のB班は同じ判決が原告の訴え自体を退けている点に着目した。判決は、憲法第8章「地方自治」にある、首長や議員を選挙する「住民」(93条2項)の定義について「区域内に住所がある日本国民を意味する」と判断した。つまり、地方選挙権も国民に限るというわけだ。

 そこでB班は「最高裁が立法政策に言及した部分は訴訟の争点に直接関係のない傍論で、法的な影響力は小さい」と強調した。

     ◇

 後半戦では、東京都の管理職受験を拒否された特別永住者の在日韓国人が違法性を争った訴訟の最高裁判決(2005年)も報告された。反対派のD班は藤田宙靖裁判官の補足意見を引用し、「特別永住者の権利は、在留制度で例外的な地位を得ているだけ。ほかの在留外国人より優遇される根拠は、現行法に見当たらない」と主張した。

 さらにD班は、マクリーン事件判例を踏まえ、「思想信条や表現など精神的な自由は在留外国人に保障されるかもしれないけど、主権の行使に近い権利は日本国民に限られる」と集約した。

 一方、賛成派のC班は、特別永住者が生まれた歴史的な背景や生活実態に目を向けるよう訴え、「戦前から地域社会で日本人と変わらない暮らしをしてきた。税金も納めている」とアピール。「選挙権を認めるかどうかは立法政策。外国人は今の日本社会で貴重な労働力なのだから、身近な地方選挙は一定の条件を付けて認める法整備や憲法改正を検討すべきだ」と提案した。

【もっと深く】統治の担い手 国籍が指標

大日方信春教授

 国家(State)の語源は、ラテン語のstatus(状態)とされています。15~16世紀のイタリアの政治思想家マキャベリが「現在の支配体制」を意味する言葉として転用しました。国家は国家構成員(市民)が政治的に統合したものと考えられていますが、市民とはいったい誰を指すのでしょうか。

 1776年の米独立宣言は、造物主により「すべての人は平等に造られ」ていると唱え、89年の仏人権宣言にも同様の規定があります。ただ、ここで言う「すべての人」は、文字通りの意味ではありません。

 米憲法は19世紀半ばに修正されるまで「自由人」と「その他の者」を区別していました。女性が市民権を得たのは20世紀に入ってからです。近代国家の歴史は、主権の担い手である市民(citizen)の範囲を広げる歴史でもあったのです。その指標は当初の「教養と財産、性別」から、現在の「国籍と年齢」へと変わってきました。

 日本国憲法は前文で国民主権を掲げ、10条で国民の要件を法律で定めるとしています。わが国の国籍法は、父母のどちらかが日本人であることを求める血統主義を原則とし、移民の国である米国が出生地主義で国籍を付与しているのとは対照的です。

 では、今回のテーマである在留外国人の権利は、どこまで保障されるのでしょう。マクリーン事件で最高裁は「権利の性質に応じて保障される」と判示しましたが、憲法が国民のみを対象にした権利は除外しました。

 このことから、国民主権から派生し、最も主権の行使に近い選挙権は、たとえ地方選挙であっても日本国籍のない人には認められないと言えそうです。政治資金規正法が、外国人からの政治献金を禁じているのも一例ではないでしょうか。

 国民主権とは「国の統治の在り方を最終的に決めるのは国民」という考え方です。日本国憲法前文も、国家の権力行使に正当性を与える究極の権威は、国民に由来するとしています。統治の担い手は国籍という形式的な指標を持つ者-。その法原理は、近代以降の主権国家や国境という枠組みがある限り変わらないでしょう。

<メモ>

 在留外国人の地方選挙権訴訟 選挙人名簿に登録されないのは違法として在日韓国人が起こした。95年の最高裁第3小法廷は「憲法15条1項の公務員任免権は国民のみを対象とし、在留外国人に及ばない」と判断。地方自治体の首長、議員は住民が選挙すると定めた93条2項の解釈も「住民とは、区域内に住所がある日本国民」と原告の訴えを退けた。一方、傍論で「永住者らへの地方選挙権付与は立法政策」とも言及した。

 外国人管理職選考受験拒否訴訟 東京都の保健婦(当時)に採用された特別永住者が管理職受験を拒否されたと提訴。05年、最高裁大法廷は「地方公務員のうち、住民の権利義務を直接形成し、重要な施策の決定を行う職務への外国人就任は、わが国の法体系が想定していない」と指摘。都の制度は、昇任した管理職がいずれその職務に就任するのが前提として、日本国籍保持者に限った措置は「合理的な区別で適法」とした。

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