『人体の冒険者たち』ギャヴィン・フランシス著、鎌田彷月訳、原井宏明監修 めくるめく読書体験

 本好きには極上の読書体験になるだろう。人体をめぐる医学的知見と古今東西の逸話が融合して、めくるめく世界が展開する。ジャンルで言えば「医療エッセー」になるが、どうもそこには収まりきらない。

 脳から下肢に至る人体部位をめぐる18の文章からなる。「顔」の項をたどってみる。

 遺体を解剖すると、顔の筋肉の発達ぶりで各人の生前のありようが伺えるという。例えば口角を引っ張って笑顔を作る頬骨筋が分厚いと、笑いの絶えない人生だったことがわかる。

 この顔の筋肉を執拗にデッサンしたのが天才ダ・ヴィンチだ。人間の感情が現れる表情を探求するあまり、特異な顔を持つ人間の後を付け回したという逸話を紹介。顔の左半分がベル麻痺(顔面神経麻痺)のため動かなくなった女性患者の診療経験を挟んで、病名の由来となった19世紀初めの解剖学者チャールズ・ベルの人生をたどる。患者の表情を終生描いたベルに感化されて表情の研究に努めたのが、進化論のダーウィンだった――。

 多様な臨床経験に加えて文理全域にわたる博物学的な知識に目を見張る。臓器や組織を描写する筆致は4K映像のように緻密にしてクリアだ。

 医師として働きながら世界中を踏査した経験を持つ著者にとって、診療は人体を巡る探検であり、人間と世界を知る冒険だ。同じように人体の解明に挑んだ先人たちの物語は、「医療アドベンチャー」とでも呼びたくなる。イギリスで5紙誌のブック・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

(みすず書房 3200円+税)=片岡義博

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