ウェブが壊した「参入障壁」

〜かつてメディアは守られていた

©ノアドット株式会社

中瀨竜太郎

ノアドット株式会社CEO

中瀨竜太郎

ノアドット株式会社CEO

1975年4月生まれ。98年4月より日経BPでPC誌の編集記者。2005年10月にヤフーに入社し、トップページ編集を経て、12年9月に「Yahoo!ニュース – 個人」を立ち上げる。13年11月に共同通信デジタルに入社し、15年4月に共同通信デジタルとヤフーの出資を得て、ノアドット株式会社を設立。

中瀨竜太郎の記事一覧を見る

1993年にWorld Wide Web(WWW、ウェブ)が無料で全世界に開放されたとき、メディア市場を守ってきた「参入障壁」が壊れました。壊されたその参入障壁とは、どんなものだったでしょうか。


 メディアは、

  • 情報をのせる「媒介物」
  • 媒介物の数だけ情報を「複製する装置」
  • 情報がのった媒介物を「届ける仕組み」

といった要素からなります。たとえば、これらの要素を新聞に当てはめると、

  • 30万人に届けるための30万部の紙
  • 30万部の紙に同じ情報を30万回印刷して新聞にする輪転機
  • 30万部の新聞を30万人に届けるための輸送・戸別宅配網

となります。メディア活動を行うには、取引先、設備、人員を伴ったシステムを持つ必要がある、とわかります。当然、そのへんの無名の個人がおいそれと持てるようなものではありません。メディア市場は「装置産業性という参入障壁」を備えていたわけです。

 また、「電話1本と机1台で作れる」などと言われる出版社であっても、実際にメディアとして機能するには、やはり印刷会社、出版取次、書店からなる全体のシステムに参加しなくてはいけません。つまり、「商慣行としての参入障壁」があると言えます。

できたばかりの出版社は、取次と取引を始めることすら難しい。

 さらに、放送局の場合も、送信設備などへの高額な投資が必要なうえ、電波法や放送法にもとづき総務省から放送免許を与えられなければ事業はできない点では「法的な参入障壁」にも守られています。

地上基幹放送局等に係る免許申請を行う場合は、電波法(昭和25年法律第131号)や放送法(昭和25年法律第132号)等の法令に則って、手続を行うことが必要です。

 法的な保護は放送に留まらず、出版や新聞の領域でも「再販制度」や「新聞特殊指定」によって市場での競争の発生を抑制する構造になってきたほか、商慣行としての参入障壁についても、戦時統制の影響で通信社、新聞社、取次などが乱立せずに済んだという歴史的経緯もあります。
 こうしたさまざまな参入障壁があるということは、事業を通じて生み出される富が、障壁内の限られた事業者にだけ集まることを意味します。つまり、ウェブ以前のメディア産業は、事業者が安定的に高い収益を得やすい構造を持っていました。

 これらの参入障壁を消失させる、まったく新しいメディアシステムとして現れたのがウェブです。