メディアが陥るモラルハザード そして収益化は「負のスパイラル」へ

By 中瀨竜太郎

前回の記事では、メディア事業の収益性を低下させる「誰でもメディア時代の基本原理」を紹介しました。今回は、その原理が引き起こしたメディアのモラルハザードに触れます。


 最大のモラルハザード事例として、2016年の「WELQ問題」がありました。
 WELQ問題は複合的なモラルハザードでしたが、彼らにそれを引き起こさせた根幹にあるのは、前回の記事でも引用したこの原理的な課題です。

誰でもが情報発信者になった結果、ネット上の情報量が加速度的に増え、99.996%の情報はもう伝わらない時代になっており、1つの情報を見つけてもらうのは全世界の砂浜の砂の中で1粒の砂を手にとってもらうぐらい絶望的

この課題を解決するために、WELQは「検索エンジンのアルゴリズムをハック」し、検索きっかけで閲覧数(Page View、PV)を増大させたわけです。
 重要なのは、「SEOハック」と呼ばれるこうした手法はWELQだけが行った特殊な悪行ではなく、WELQ以前も以後も今に至るで行われ続けているウェブの日常風景であることです。つまり、コンテンツ自体の質を向上させるのとはまったく別の方法で、コンテンツのPVを増大させる取り組みが試行され続けているわけです。

 そうした取り組みが有効である、と認識され続けているメディア市場で、何が起こっているのでしょうか。
 ウェブの収益性の低さから、コンテンツ制作に十分なコストをかけることの経済合理性が低下しているため、著作権を侵害する「まとめ(剽窃)」コンテンツや、アフィリエイト収入ありきの中立性に欠けたコンテンツが粗製乱造され、それらのコンテンツが検索エンジンから高い評価を得ることで、不適切なコンテンツに大きなPVが生まれてしまっているのです。WELQも、多くの著作権侵害や医薬品医療機器法違反を含んでいました。

PageRankの仕組みを本質的なレベルで理解をし、そして資本力のある企業が大量の”安価な”記事をクラウドソーシングプラットフォームに発注することができることで起きているのが、キュレーションメディア事件だということだ。

同様の著作権侵害とSEOハックの事例としては、LINEとその子会社ネクストライブラリ社が運営する「NAVERまとめ」について、報道7社の求めに応じてNAVERまとめ上の画像や写真約34万件が削除されるなど、著作権者との協議が発生しているというニュース(TechCrunch Japan)があったのも記憶に新しいところです。
 最近ではそのほか、本文に事実の裏付けがほとんどなく、憶測と偏見ばかりを好き勝手に書き連ねた末に「いかがでしたか」で本文を終える「いかがでしたか系」と呼ばれるブログ記事が検索結果ページ上位を“汚染”し続けています。

 さらに、モラルハザードは、決してごく一部のメディアだけが起こしているのではありません。

 ユーザーに自らのコンテンツを見つけてもらえたすべてのメディアは、その貴重な機会を収益の最大化につなげることを当然に目指すわけですが、そのなかには“なりふり構わず”といった様相のものも多くあるのです。
 具体的には、インタースティシャル、スクロール追従型、オートプレイといったユーザー体験無視の広告表示を行ったり、広告の掲載場所を増やすためにコンテンツをわざわざ複数ページに分割したりして、収益の獲得に励む、といったことです。「これが本当に大手報道機関のウェブサイトなのか」と目を疑うような低俗な広告の配信を受容している大手メディアもあります。

 それらをモラルハザードとまで呼んでしまうべきかどうかについて、議論の余地はあるかもしれません。原理的な低収益性に苦しむメディアにとって、こうした飽くなき収益最大化施策は、メディア活動を何とかして持続させるための正当なアプローチとも言えます。
 しかし、ユーザーは、数多あるコンテンツやメディアから選択する「強い力」を手にしたことで、よりわがままになっています。コンテンツが複数ページに分割されていて面倒だと感じれば読むこと自体をやめてしまいますし、ユーザーをあまりにもうんざりさせてしまったことで、広告を強制的に非表示にする「アドブロック」というサービスまで登場し、日本国外を中心に大きな力を持ち始めています。

 こうして、ユーザーはより適切な情報に接触する機会をときに損なっており、メディアもまたアドブロックによってさらなる低収益化の底に向かうスパイラルに乗ってしまい、生産活動の持続を難しくしているのです。

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