「病棟歌」 障害者と高らかに…心通わせ半世紀 再春荘病院

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病棟歌「ぼくらの夢」ができるきっかけを作った元職員の田中美代子さん(左)。歌い続けてきた保護者の飯法師なるみさん(中央)と細野ツギさん=合志市

 合志市須屋の熊本再春荘病院で重症の障害者が療養している「つくし病棟」に、半世紀近く歌い継がれている病棟歌がある。生活のほぼ全てに介助がいる障害者本人はほとんど歌うことはできないが、行事のたびに療育指導士や保護者らが歌い、本人たちと心を通わせてきた曲だ。

 つくし病棟は1968年、家庭で療養していた障害児を病院でケアしようと開設された。現在は肢体不自由と知的障害が重複する6~68歳の45人が療養を続けている。

 病棟歌ができたのは開設の3年後。療育指導の担当職員だった田中美代子さん(76)=同市=が、知人の教諭に頼んで作ってもらった。当時の病棟は10歳前後の子どもが大半。田中さんは「歌えなくても、子どもたちは何度も聞くことで笑顔を見せたり、目を輝かせたりした。音楽で心が一つになる感じだった」と振り返る。

 タイトルは「ぼくらの夢」。歌詞は3番まであり、「冬の寒さに負けないで/大地をけって伸びてくる/春のつくしが唄[うた]うのは/ぼくらの夢の歌なんだ」と生命力のたくましさを歌い上げる。

 一方、職員の異動などもあり、病棟歌を歌える人や歌う機会は年々減少。46歳の長男が療養している飯法師なるみさん(74)=熊本市北区=は「誕生会や遠足、節分などの行事で私たち保護者も一緒に歌ってきた。この伝統が消えていくのは寂しい」と話す。

 病棟は来年、50周年を迎え、今年10月17日の運動会では病棟歌を皆で披露する予定。歌詞と主旋律は記録に残っているが、伴奏はなかったため、病棟の保育士らが譜面化する作業も進んでいる。田中さんは「保護者や職員の思いがこもった病棟歌を後世に残したい。地域の人にも、こんな歌があることを知ってほしい」と願っている。(宮崎あずさ)

(2018年8月27日付 熊本日日新聞朝刊掲載)