大竹(済々黌高出)1軍昇格、プロ仕様に進化 先発で快投「5勝が目標」

「熊本の人たちにヤフオクドームに来て応援してほしい」というソフトバンクの大竹耕太郎=福岡市の同ドーム(池田祐介)

 プロ野球ソフトバンクの新人で、済々黌高出身の大竹耕太郎投手(23)が7月29日に支配下契約を結んだ直後から1軍で快投を続ける。育成ドラフト4位で入団し、8月1日に育成出身ルーキーとして初先発し、史上初の「初登板初勝利」を達成。終盤戦に向け「5勝が目標」と意気込む。

 8回で被安打5、2失点。「大竹 済々堂々の快投」。初勝利した西武戦を伝える2日付熊日紙面には、好投と母校をもじった見出しが躍った。「熊本の友人からSNS画像で見せてもらいました」と照れ笑いする。

 その後、3試合に登板し、第2戦は六回を終えて1失点、第3戦は七回途中まで1失点。26日も七回途中で3点目を許した場面で降板したが、六回まで試合をつくった。

 この左腕ルーキーの活躍と歩調を合わせチームは上昇気流に乗った。8月は9連勝を含め17勝6敗(30日現在)と白星を重ね、最大11・5ゲーム差をつけられていた首位西武に6ゲーム差まで追い上げた。自身も「左投げが加わり、(先発ローテーションに)アクセントをつけられた」と喜ぶ。

 高校2年の2012年は全国高校野球選手権、翌年春は選抜大会で甲子園のマウンドに2度立った。早大に進み、伸びのある直球や多彩な変化球を武器に1、2年時は東京六大学リーグなどで好投した。

 だが、以降はフォームを崩して苦しみ、同リーグでは3年の秋季、4年の春季と未勝利に終わった。「野球から逃げ出したい」と苦悩することもあった中、16年4月に熊本地震が発生。家族や住まいを失いながらも前向きに立ち上がる被災者に心を打たれた。「野球の悩みなんて、ちっぽけ。自分が活躍して『明日から頑張ろう』と思う人を増やしたい」。野球に向き合える力をもらったという。

 昨秋のドラフトでの育成指名を、最初は素直に喜べなかった。それでも入団を決めた理由は、ソフトバンクが初めて試合を観戦した球団で、小学生の時からファンクラブに入っていたからだ。

 今年2月のキャンプ入り後、先輩プロの屈強さに圧倒されると、大学時代にほとんど手を付けなかった肉体改造に力を注ぐ。筋力トレーニングの結果、体重は5キロ増の83キロ。「学生時代のズボンやTシャツが着られなくなった」。同時に全身の可動域を広げるための努力を重ねている。

 メンタルもプロ仕様に変化しつつある。「落ち込むのは試合が終わってバスに乗り込むまで」。これは、12年パ・リーグ最多勝の摂津正に教わった気持ちの切り替えの大切さだ。元メジャーリーガーで来年40歳になる五十嵐亮太には練習に臨む姿勢を学んだ。「あれだけのキャリアを積んでもコーチに質問するし、ランニングをサボらない」。ベテランを自らの手本とし、謙虚にトレーニングを重ねる。

   ◇   ◇   

 「おめでとう」。支配下登録前日の7月28日、球団スタッフから1軍昇格の短い言葉を掛けられて号泣した。でも、生存競争が厳しいプロの世界では「喜びは一瞬」と分かっている。「3軍からはい上がってきた自分が大観衆の前で投げている。やりがいを常に意識して戦う」。球速は135キロから143キロに伸びた。身長184センチの大型左腕は進化を誓う。(佐藤公亮)

(2018年8月31日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

©株式会社熊本日日新聞社

紙面を彩った火の国球児たち

「夏の甲子園100回」を記念し、熊本出身のスターたちの〝球児〟時代を取り上げます。 第3弾は「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治(熊本工出、人吉市出身)です。

ご購入はこちらから