第20回:動物にもエシカルを! 日本型アニマルウェルフェア(動物福祉)とは?

前回、多様な表示ラベルの違いを見ましたが、動物福祉は日本では未開拓に近く、東京オリンピック・パラリンピックの調達品(畜産)基準でも、木材・水産物とともに達成に警鐘が鳴らされています。先日もオリンピック・メダリスト9名が東京2020大会組織委員会へレベル低下の懸念と改善(100%ケージフリー卵、100%ストールフリー豚肉)を求める声明が出されました(8月1日)。

動物福祉の背景には、生産効率のみを重視してきた近代的畜産の矛盾、BSE(いわゆる狂牛病)や過密飼育による薬剤耐性菌問題(抗菌剤の多用)などの反省から、健康的な飼育を求める動きが活発化してきたことも大きな要因です。

以下、動物福祉について、畜産分野、特に最近注目される鶏卵から世界の動向を見ていきましょう。

日本ではケージ飼いの鶏の卵が普通に流通していますが、スイスでは1980年代年からケージ飼育の禁止政策(動物保護法)が取られており、EUレベルでも2012年から従来型の身動きできないケージは禁止されています。

EUでは「採卵保護の最低基準」によって卵にスタンプされ、有機飼育、放し飼い、平飼い、改良ケージ飼いなど、飼育方法がわかるようになっています。その配慮と制度的な仕組みには驚かされます。

こうした政策を後押ししてきたのが家畜アニマルウェルフェア(FAW:Farm Animal Welfare)の考え方です。

現在、基本としては5つの自由の確保が求められています。すなわち、「飢えと渇きからの自由」、「不快からの自由」、「痛み・傷・病気からの自由」、「正常な行動を発現する自由」、「恐怖と苦悩からの自由」です。まさに人並みですね。EUではこの5つの自由は飼育環境のみならず、家畜ごとに輸送の際の時間や給餌給水についても定められています。

ケージ飼い卵の禁止の動き

少し歴史的に見てみましょう。国際的なガイドラインとしては1978年にユネスコ「動物の権利世界宣言」が採択されて、1989年の改訂版では次のような考え方が示されました。

すべての生命は共通の起源を持つ、世界における種の共存は人類が他の種の生存権を認めることを前提とする、動物の尊重は人間自身の尊重と不可分である、などが明記されたのでした(世界動物権宣言、前文の一部より)。

そして、動物の病気防御のための国連組織「国際獣疫事務局(OIE)」が2003年「国際動物保健機構(OIE)」と改称して、従来の動物検疫のみならず動物福祉や食品安全の基準策定に取り組みだしました。

興味深いのは、適正飼育(家畜福祉、FAW)によって健康的で安全な畜産品が供給されるという考え方が展開されたことです。

この流れにそって、EUでは「福祉品質」(Welfare Quality:WQ)という科学的評価法と独自ブランドを推進しています。2010年代には、先進的な食品企業はFAW部門を戦略的ビジネス分野と位置づけて「家畜福祉ビジネス評価」(BBFAW)という団体が設立されています(2012年)。

そしてISO(国際標準化機構)でも、技術仕様書TS34700(FAWのサプライチェーンへのガイダンス)が制定されたのでした(2016年12月)。

こうした流れを受けて、米ウォルマートは「2025年までに米国内のチェーン店で販売する卵をすべてケージフリーに切り替える」と発表し(2016年4月)、世界最大の食品飲料会社ネスレも「2025年までに卵・卵製品をケージフリーへ移行」を発表しました(2017年11月)。

遅ればせながら日本では、東京2020大会を契機にFAWへの関心が盛り上がり始めたところです。

日本型アニマルウェルフェアへの模索

FAWへの関心が高まっており、先日、共生社会システム学会・大会で「日本型アニマルウェルフェアの展開を目指して― 消費者と生産者が共生するフードビジネスの展望」をテーマにシンポジウムが開催されました(8月25日、日本獣医生命科学大学)。※注1

報告では、日本初のFAWの評価・認証制度(農場、事業所)をスタートさせた(一社)アニマルウェルフェア畜産協会(2016年5月設立)の瀬尾哲也さん(帯広畜産大学准教授)が、乳牛(放牧酪農牛乳)の事例について紹介しました。

また、松木洋一(日本獣医生命科学大学名誉教授、AWFC代表)さんは、「アニマルウェルフェア畜産の2つの道」として、多国籍食品企業フードチェーンの最近の動きに対して、私たち生活者(ライフスタイル)の視点の重要さを強調しました。

FAWを西欧的な倫理意識だけで捉えないで、命を頂くことの感謝・償いやそこに宿っている「癒しの力」を受けとめることが大切だというのです。

FAWを外圧として西欧的倫理観に追随するのではなく、命への倫理観について、私たちの暮らし方や食文化のあり方への革新につながる契機ととらえる視点こそが重要だということです。

日本には、独自の家畜への供養、動物慰霊の風習もあり、地域によっては草木供養塔などの石碑も継承されています。食べものとは、動植物の命を頂くことでもありますので、連載18回で触れた「いただきます」の今日的意味ともつながります。

SDGs時代のダイエット思想が、畜産分野でも展開されだした動きであり、人間と家畜との相互依存関係を見直す好機でもあります。「情けは人の為ならず」(人に親切にすれば自分にも報いがある)という諺がありますが、「情けは動物の為ならず」の思想を発展させている世界動向に注目しましょう。

※注1:http://www.kyosei-gakkai.jp/taikai.html 

(参考書籍)
松木洋一『21世紀の畜産革命―アニマルウェルフェア・フードシステムの開発―』養賢堂、2018年 
古沢広祐『食べるってどんなこと? あなたと考えたい命のつながりあい』平凡社、2017年

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