大災害、なぜ逃げないのか 国や自治体の避難勧告・指示・誘導に問題はないのか

平成30年7月豪雨で被害を受けた岡山県倉敷市真備町

避難した人、わずかに3%弱!

「やはり、そうか」。朝日新聞(2018年8月27日付)の記事を読んで、失望の念を深くした。記事の大見出しは言う。「大雨の特別警報で避難指示、実際に避難 住民の3%弱」。30%ではない。わずかに3%!である。水害が迫っていても、「あえて避難しない」のか、それとも「とても避難できない」のか。

いずれにせよ、災害時における避難誘導の問題が一向に解決していない(避難の実績があがっていない)現状を示している。中でも、お年寄りや身体障碍者など社会的弱者への避難の連絡や誘導の遅れは極めて深刻である。

日本列島の国土は地球の陸地のわずか0.25%だが、世界で起きる地震のうち約2割が日本で起き、活火山は7%が集中している。台風や大雪にしばしば見舞われており、内閣府のまとめでは、2001年までの30年間の被害額は世界の16%を占めた。その後被害額のパーセンテージは高くなっているとも聞く。

風水害や地震などの自然災害に弱い場所に、住宅、道路、工場が立ち並び、社会が抱えるリスクは拡大する一方だ。活断層、津波が襲来する海岸、軟弱な地盤、崩れやすい斜面、火山噴火の予想される市町村、未整備のままの河川…。災害をなくすことは出来ない。「減災」に向け、まずは身の周りのリスクについて知り、迫りくる危機に備える必要がある。自治体が災害対策を急ぐ背景には、東日本大震災以降相次ぐ自然災害により日本が抱える「災害リスク」から目を離すことが出来なくなったことがある。だが、その対策は十分に成果を挙げているであろうか。
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朝日の記事は続ける。「特別警報」。台風や大雨で数十年に1度の災害が起きる恐れが大きいとして、気象庁は2013~17年の間に「特別警報」を計7回は発表した。対象となった12道府県の307市町村に朝日新聞がアンケート調査したところ、自治体が避難指示を出した地域の住民のうち、実際に避難所に逃げた割合は3%弱だった。これを受け、早期に適切な避難を促すため、避難勧告・指示やマニュアルを見直した自治体は36%に上ることが分かった。

<参考:特別警報とは>警報の発表基準を大きく超え、数十年に1度の激しい雨が降り続く場合や伊勢湾台風級(死者5000人超)の暴風、高潮など、過去に大きな被害を出したような災害が起こる可能性が大きい時に、気象庁が市町村単位で発表する。紀伊半島を中心に98人が犠牲になった2011年の台風をきっかけに、自治体や住民に最大級の警戒を促す目的で2013年から始まった。

昨年(2017年)までの特別警報発表自治体(307市町村)を対象に、気象情報に伴う避難情報や避難の実態、マニュアルの改定などについて質問し、295市町村(96%)から回答を得た。

本年7月の西日本豪雨では11府県の186市町村に特別警報が出されたが、被災自治体は復旧作業が膨大なため、集計が十分にまとまっておらず、マニュアルも見直しの最中とみられることから、対象に加えなかった、という。

今回のアンケートを集計すると、避難指示が出された地域の住民、計約177万3000人のうち、実際に避難所に逃げた割合は2.6%だった。住民が避難を見送ったり、避難のタイミングを逸したケースが多いとみられる(高齢者が多いと考えられる)。

これまでのマニュアル、役立たない

こうした現状を踏まえて、避難情報の発令に関するマニュアルを見直したか尋ねたところ、36%にあたる105市町村が「見直した」と答えた。主な変更点は、▽夜間に強い降雨が予想される場合は発令を早める▽小学校区などより小さな地域ごとに判断する▽防災無線やエリアメール等を使い、情報が住民に確実に伝わるようにするーなどだった。

また気象庁の情報発信や自治体との連携に関し、国への要望を尋ねたところ(1)特別警報の発表を検討する際は自治体に早めに連絡して欲しい(2)特別警報発表時に国が危機感を強く示し、住民に避難の必要性を訴えて欲しいーとの意見・要望もあった。

アンケートでは、住民が避難しない理由についても質問した。複数回答で(1)「自分は大丈夫だとする危機感の欠如」77%(2)「避難情報の意味を十分に理解していない」64%(3)「ハザードマップを認知していない」34%ーの順で多かった。ハザードマップは自治体が期待するほど住民には理解されてはいない、のではないか?

<避難情報に関する基準やマニュアルの主な見直し(例)>
・避難情報を発信する明確な基準を定めたタイムラインを作成(茨城県結城市)
・強い降雨が夜間から明け方にかけて予想された場合、早い時間に発令(栃木県益子町)
・避難情報の発令基準がなかった河川について、新たな基準を設定(津市)
・雨量予測、市民からの情報などを含めて、早い段階で判断出来るように改める(滋賀県栗東市)
・特別警報の発表時には避難判断の基準を一段階引き上げる(京都府大山崎町)
・気象庁が発表する洪水警報の危険度分布を発令基準に追加(福岡県嘉布市)

2015年の水害を教訓に常総市は対策を進めている

「ハード」・「ソフト」対策、着実に進む

ここで当サイトでの連載第3回と第24回に掲載した鬼怒川決壊関連コラムから一部引用したい。自治体による「災い転じて福となす」減災への努力を再度確認するためである。

第3回「画期的!<マイ・タイムライン>ができた」http://www.risktaisaku.com/articles/-/2471

第24回「鬼怒川決壊からまる2年、<逃げ遅れゼロ>を達成せよ!」http://www.risktaisaku.com/articles/-/3471

3年前の2015年9月、関東・東北豪雨で鬼怒川が決壊し、茨城県常総市は市域の3分の1が濁流に没した。その間、被災者から必死の救助要請が消防署に殺到した。常総広域消防本部と茨城西南広域消防本部にかかった119番は決壊から3日間に2500件以上に達した。市民の逃げ遅れが続出し、ヘリやボートなどで計4258人が救出される異常事態となった。災害時における逃げ遅れ問題が大きくクローズアップされた。中でもお年寄りの逃げ遅れが改めて浮き彫りになった。

被災後、国交省はじめ茨城県や流域自治体は、<水防災意識社会の再構築>を掲げ「ハード」・「ソフト」両面での対策が急がれると決意を新たにした。

災害の翌年2016年8月、常総市役所の敷地に非常用電源の設備を四方から囲む高さ2m、幅24cmのコンクリート壁が完成した。先の大洪水で庁舎内は高さ60cmまで水に浸かり、1階は水没し非常用電源も含めて停電となった。夜間、投光器を使っての対応に追われ、外部との連絡や資料コピーにも大きな支障が出た。低地にある市役所はハザードマップ(危険予測地図)で浸水想定地区に入っていた。市役所職員なら誰でも知っていておかしくない。だが「命綱」の非常用電源を守る手だては講じられなかった。

水害後、市内の主な道路沿いの電柱などに水位情報の看板標示(想定浸水深)とハチマキのような浸水値を示す赤と青のテープが巻き付けられた。(赤は鬼怒川決壊時、青は小貝川決壊時を想定)。視覚に訴える市民への注意喚起である。2種類のテープが示す浸水の深さは大人の背丈を超えるものも少なくない。同市が小貝川と鬼怒川に挟まれた低地に広がっていることを改めて考えさせる。

常総市は被災翌年の2016年から災害に対応する「危機管理室」を新たに設けた。大河を抱えながら、それまで危機管理専門官がいなかったのである。「広報推進室」も新設し防災や情報発信力を強化した。

浮き彫りになった行政の失態

常総市の初動対応について検証して来た水害対策検討委員会(委員長・川島宏一筑波大学教授)は、災害対策本部が十分機能せず、関連機関との連携にも問題があったなどとする77項目の改善要望を盛り込んだ報告書をまとめ市長に提出した。報告書は大規模水害時の市の失態を余すところなく指摘している。

(1)庁舎3階の災害対策本部が、参謀的な役割を果たす庁舎2階の安全安心課と離れていた点を問題視し、情報共有に支障が出たほか、狭い庁議室での本部運営は効率的ではなかったと指摘した。当時、同課職員10人は、殺到する市民からの電話対応に追われ、情報集約や状況分析が困難だった。消防団など外部との連絡調整もままならなかった。すべて「場当たり的」と断じた。このため、災害時の電話対応は他部署で代行してもらうよう提案し、同課が災害対策本部の事務局として、機能が十分に発揮できる環境の整備を求めた。(2)災害対策本部の在り方については、本部のメンバーに役割分担がなかったため、「入ってきた情報にその都度全員が集中してしまい、全体を俯瞰する人がいなかった」(検証委員)と指摘した。当初、消防や警察、自衛隊などから連絡要員が加わっていなかったことも踏まえ、「独自の情報収集手段は貧弱すぎた」と反省を促した。(3)対策本部で市内の大判地図や浸水地域を想定したハザードマップを活用していなかったことも判明した。(ハザードマップの想定と実際の浸水域は一致した)。情報の分析が行われず、避難指示を出す範囲が広域的なエリアではなく、細かな字単位で出される事態になったとしている。ハザードマップそのものを知らなかった市民も少なくないという。(4)堤防が決壊した上三坂地区への避難指示が抜け落ちていたことが大問題となった。同地区について、付近が決壊した場合の浸水域を想定した地図(氾濫シミュレーション)を国交省がホームページ上で公表していたにもかかわらず、市が事前に把握しておらず決壊前の対応に生かせなかった。検証委員会は「物理的環境や意思決定プロセスの手抜かりなど、それまでの課題が積み重なった結果、重大なエラーとして発生してしまった。これらの課題が解決していれば、問題は起こらなかったはずだ」と指摘した。(5)各地区の避難指示の発令が遅れた原因については「発令の前提として、避難所を開設し、受け入れ準備を整えるという手順に固執したから」と手順に問題があったと結論付けた。川島委員長は「常総市には今回の提言を、地域防災計画の見直しや防災マニュアルの作成に生かして欲しい」と提言の積極活用を求めた。

広域避難の徹底を

常総市では、つくば市など近隣自治体と水害に備えた協議はしたことがなかった。これが、例の「あり得ない」と耳を疑う声も出た避難誘導の失態につながる。「鬼怒川西側に避難してください」。堤防決壊直後、鬼怒川の東側地域に、市の防災無線が呼びかけると、戸惑う市民が出た。増水中の鬼怒川に向かい、橋を渡ることになるからだ。「極めて危険」と判断して指示に従わなかった人もいた。反対側の東側にはつくば市が広がる。「市内で避難を完結しようとした」と市の幹部は語り、「事前に他の自治体と災害協定を結んでおくべきだった」と反省の弁を述べた。水害時、常総市では全避難者の4分の1以上に当たる約1700人が自主的に市外に避難している。

大水害後、常総市など流域10市町と茨城県、国交省でつくる「減災対策協議会」は、流域全体の減災対策方針を決めた。住民の逃げ遅れをなくすため、今後5年間で実施する避難対策とその実施時期を明示した。国土交通省によると、複数の市町村が連携し、河川の氾濫対策に一体となって取り組むのは全国でも初めてという。流域10市町が住民に避難勧告・指示を出すタイミングを判断する「タイムライン(事前防災行動計画)」を策定する。これに基づき、訓練や防災教育にも取り組む。

国交省は常総市でスマートフォンや携帯電話に洪水情報をメールで一斉配信する情報提供を始めている。今後、対象の河川や地域を増やし、5年以内に国が管理する109水系まで拡大する方針である。

全国に先駆けたマイ・タイムライン

この大水害で浮き彫りになった多数の逃げ遅れの解消策として、従来の行政主体のタイムラインより更に一歩踏み込んだ「マイ・タイムライン」(個人避難計画)が、水害から2年後、常総市民によって作成された。地域対象ではなく、家庭や個人に絞って逃げ遅れを防ごうという全国初の試みだ。市民一人一人が地域の特性を理解し個別に「避難計画」をつくという画期的な取り組みである。

鬼怒川と小貝川の氾濫被害の軽減を目指す「減災対策協議会」(国交省関東地方整備局、流域10市町、筑波大学などで構成)は、豪雨時に鬼怒川が越水した若宮戸と根新田の2地区をモデルに選び、昨年(2017年)11月から検討会をスタートさせていた。若宮戸地区では第1回で大河川に挟まれた地形の特徴などを学習した。市民41人が参加した。大半が被災者で、水害が起きやすい地域に住んでいることを改めて学んだ。

第2回の今回は洪水時の行政情報(避難勧告・避難指示)などを学んだ上、参加した市民同士で、どんな行動をとればいいか意見交換した。そして国交省が用意した専用ノートに従ってまず、参加者は「どこへ誰が避難するか」「避難にかかる時間はどれくらいか」「どんな準備が必要か」などを自分の家族構成や自宅周辺の地形などを考慮して書き出した。さらに国や市からの豪雨や洪水情報をもとに「氾濫発生の何時間前には避難を完了したか」「避難開始は何時間前にするか」を決めた。家族との連絡方法など具体的な手順を書き込んだ。アドバイザーとして参加した川島宏一筑波大学教授は「リュックに必要なものを入れておくなど、避難への意識を日頃から日常生活に溶け込ませておくことが大切だ。マイ・タイムラインをきちんと理解して家族たちにも伝えて共有化して欲しい」と助言した。

謝辞:朝日新聞の関連記事を引用させていただいた。感謝いたしたい。

参考文献:朝日新聞・毎日新聞関連記事、国土交通省・常総市役所関連資料

(つづく)

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