第29回:菊池寛の短編小説に学ぶ!甲子園・伝統のユニフォームの威力 CSRブランディング最前線

SB-J コラムニスト・細田 悦弘

先月の甲子園100回大会、高校球児たちのユニフォームは、昔に比べ、色とりどりでデザインも華やかになりました。決勝戦まで勝ち上がった秋田代表の県立高校が爽やかな旋風を巻き起こし、紫色のユニフォームに注目が集まりました。ただ出場校の中には、伝統のユニフォームを脈々と受け継いでいる、歴史ある強豪校も多く見受けられました。対戦相手も観客も、そのユニフォームを見た瞬間、えも言われぬ風格や威圧感を感じます。今回は、菊池寛の短編小説にその威力の極意を見出してみましょう。

シンボルマークはブランドの命~菊池寛の短編小説「形」に学ぶ

酷暑に見舞われた先月、全国高等学校野球選手権の第100回記念大会が開催されました。

優勝校は、史上初となる2度目の春夏連覇を果たしました。決勝戦では、秋田県勢として、実に103年振りの決勝進出を果たした県立高校が、地元はもとより全国の高校野球ファンを沸かせました。16日間の入場者数は101万5千人で、こちらも最高記録となりました。これまでの大会最多入場者数は第72回大会(1990年)の92万9千人だったそうです。

そして、史上最多の56校が記念すべき大会出場の栄誉を手にしましたが、「ユニフォーム」も色やデザインが多彩で、時の流れを感じました。

よく見ると、かつて常連校と言われた有名チームが姿を消していたり、反面新進気鋭のチームも多数出てきています。開会式での水分補給タイムが設けられたことも、時代性を反映した対応でした。ただ、高校野球魂や甲子園らしさのように時空を超えて変わらぬものが、今日においても選手やファンの胸を打つのでしょう。

ブランドの世界では、「易不易」を見極めることが重要です。時代とともにどんどん変えていくもの、そして絶対に変えてはならない軸のようなものという意味です。その軸のようなものが「らしさ(ブランド・アイデンティティ)」です。その象徴となるのが、ロゴに代表されるシンボルマークです。そのマークのもとに、「らしさ」という約束(プロミス)を守り続けてこそ、ブランドは輝き続けます。高校野球では、ユニフォームやスクールカラーがチームのシンボルとなります。

では、シンボルマークがブランドの命ともいえるわけを、文藝春秋の創設者である菊池寛の短編小説「形」から読み取ってみます。この時代ですし、おそらく作者に「ブランド」という概念はなかったと思われますが、ある意味でこの小説はブランドの本質をついているといえます。

[あらすじ]
戦国時代に中村新兵衛という槍の達人がいて、「槍中村」と呼ばれ、国に聞こえた大豪の士として恐れられていました。

彼の武者姿は、戦場において水際立った華やかさを示していました。火のような猩々緋(しょうじょうひ)の服折を着て、唐冠纓金(とうかんえいきん)の兜をかぶった彼の姿は、敵味方の間に、輝くばかりの鮮やかさを持っていました。

新兵衛が、その鮮やかな出で立ちで槍をふるう姿は、敵にとってどれほどの脅威かわからないほどでした。こうして、槍中村の猩々緋と唐冠の兜は、戦場の華であり、敵に対する脅威であり、味方にとっては、こよなく信頼の的でした。

そんなある日、初陣の若侍が新兵衛の兜と服折を借りたいと願い出ます。すると、新兵衛は快く応じ、貸してしまいます。そして、若侍がこれを着て戦場に出ると、敵は唐冠と猩々緋を見ただけで、「新兵衛だ!」と怖気(おじけ)づき浮き足立って、たやすく討たれていきます。その日に限って、黒皮おどしの鎧(よろい)を着て、南蛮鉄の兜(かぶと)をかぶっていた中村新兵衛は、会心の微笑を含みながら、猩々緋の武者の華々しい武者ぶりを眺めていました。

その後に本物の新兵衛が、普段と異なる『形』で出陣すると、新兵衛はいつもとは勝手が違っていることに気が付きます。いつもは、虎に向かっている羊のような恐怖心が敵にはあるのだが、今日はどの雑兵もどの雑兵も勇み立っていました。新兵衛は必死に槍を振るいましたが、安易に兜や猩々緋を貸したことへの後悔が頭の中をかすめました。その時、敵の突き出した槍が彼のわき腹を貫いて、討死にしてしまいます。

「形(鎧・兜)」とブランド

ここでいう「形」を、「ブランド」に置き換えてみると、その本質が垣間見えてきます。

中村新兵衛にとっての「形」(ブランド)は、長年にわたり、彼の実力と実績とによって形づくられたものです。それは、本人や味方の精神的な支えにも拠り所にもなり、時として、実力以上の結果をもたらすこともあります。しかしながら、「形」(ブランド)がその「中身」(モノ)と切り離される時、「形」(ブランド)は形骸化して力を失い、「中身」(モノ)もその存在を危うくしてしまいます。
ブランドと実態が一致していないと、中身はただの武将となり、ブランドはただの鎧と兜となってしまいます。中身の威信は失墜し、ブランドの後光は消え去ります。

ブランドに決してあぐらをかくことなく、弛まぬ研鑽もさることながら、時代対応力を備え、さらに腕に磨きをかけていくことが大事です。そして一方では、きらびやかな鎧・兜も、その中身が未熟な若侍であることが発覚すれば、たちまちシンボルマーク(鎧・兜)は神通力を失い、威力も消失してしまいます。ブランド力の要諦は、ブランドの「約束(プロミス)」を守ることです。約束はコア・バリューで、その旗印がロゴマークです。イメージと実態のバランスが大切です。

時代に選ばれ、次代にも輝き続けるための戦略メソッドが、「CSRブランディング」です。

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