【講演録】「セキュリティ」と「輸送」を確保するための政府の取組 内閣官房東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部事務局 セキュリティ推進統括官 山本 仁氏

山本氏は東京2020大会での交通機関の混雑緩和が重要だと述べた

東京オリンピック・パラリンピックに向けた、セキュリティと交通輸送の政府の取り組みについて説明します。

東京大会の「セキュリティ」を確保するためには、幅広い対策を講じる必要があります。大会のセキュリティといえば、まず、テロの警備を思い浮かべる方が多いと思います。競技場だけでなく、人が集まる開催都市の空港や駅、繁華街、選手や観客の多くが利用する首都圏の鉄道や新幹線もテロの標的となる可能性があります。海外では歩道やイベント会場への車両突入テロが増えていますので、その対策も必要です。

サイバー攻撃もセキュリティ上のリスクです。冬の平昌大会や先のロシアW杯では、大会運営には大きな支障はなかったとされていますが、極めて多くの攻撃が行われたといわれています。

また、大会期間中の自然災害にも警戒する必要があります。先の大阪府北部地震や西日本豪雨のような大規模災害はもちろんのこと、猛暑や落雷にも備える必要があります。平昌大会ではノロウィルスにより、当初多くのボランティアが活動できない状況となりました。このような感染症にも警戒する必要があります。
さらに、事案の発生に備えるだけではなく、インフラの劣化などにより電力や鉄道などの重要サービスに支障が生ずる事態も避けなければなりません。競技会場の電源の多重化や通信の冗長化を確保するだけではなく、開催都市全体の重要サービスの継続性を確保する必要があります。

トータルセキュリティに向けた政府の対策

オリンピックの直接の運営・管理を行うのは組織委員会です。一方、オリンピック・パラリンピックを招致した東京都にもオリンピック・パラリンピック準備局があります。そして政府には私が勤務する内閣官房東京オリンピック・パラリンピック推進本部事務局があります。

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それぞれの役割の違いや相互の関係を、セキュリティを例にとって説明します。
組織委員会は、大会の競技会場で警備員などによる自主警備を実施します。大会時には、「MOC (Main Operation Center)」、「GSCC(Games Security Coordination Center)」、「VSCC(Venue Security Command center)」などが組織委員会に設けられる予定です。

東京都は、組織委員会の活動を財政的に支えるだけでなく、駅から大会会場までの整理誘導、事故防止や、大会と並行して行われる東京都主催の様々なイベントの自主警備を行います。東京都には、大会運営の総合的な連絡調整や競技会場周辺での具体的な対応を調整するための「都市オペレーションセンター」が設けられる予定です。

警察はテロや犯罪、事故の未然防止、情報収集などを行い、会場周辺だけでなく、人が集まる空港や駅、繁華街などで幅広く活動します。ドローン対策も警察の任務です。また海外要人の警護も警察が行います。過去の大会では、国家元首級の要人だけで100人近くが開催国を訪れています。

政府(国)の基本的な役割は、大会の支援調整です。政府には、総理を本部長として大臣級で構成される「オリンピック・パラリンピック推進本部」が置かれています。オリンピック・パラリンピックに関する全ての施策がこの本部の下で進められ、多くの会議が連なっています。例えば、選手の練習場所などを提供するホストタウンの関係府省庁連絡会議、オリンピック・パラリンピックに合わせて日本の食文化を発信する「日本の食文化に係る関係府省庁等連絡会議」、障がい者の方のためにユニバーサルデザインの普及を進める「ユニバーサルデザイン2020関係閣僚会議」、外国人観客などの暑さ対策のための「東京2020に向けたアスリート・観客の暑さ対策に係る関係府省庁等連絡会議」、選手と大会関係者や外国人観光客の「出入国に関する関係省庁等連絡会議」などが置かれています。これらの会議からもお分かりのように、国の基本的役割は、オリンピック・パラリンピックを運営する組織委員会や関係者を支援調整することです。

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しかし、セキュリティと交通輸送については、国の立ち位置は異なります。

セキュリティには物理テロ、サイバーセキュリティのみならず自然災害や感染症の対策、さらに鉄道や電力など重要サービスの継続性確保などが含まれることは前に申し上げましたが、これらについてはいずれも、オールジャパンでのトータルな対策が不可欠です。交通輸送も、このまま何もせずに大会を迎えれば、観客と通勤のピークが重なって駅は溢れます。また、後ほど申し上げますが、ただ交通規制をかけるだけで大会関係車両や要人の車列を動かそうとすれば、都内は大渋滞になります。官民一体となった交通量削減の取組が必要です。

このように、セキュリティと交通輸送については、様々な対策の「旗振り役」を政府が担う必要があります。それが私の仕事です。

大会のセキュリティに関するあらゆる施策は、政府の「セキュリティ幹事会」の下で進められています。「セキュリティ幹事会」の下には、物理的な対策を担う「テロ等警備対策ワーキングチーム」と、サイバーセキュリティの施策を進める「サイバーセキュリティ・ワーキングチーム」が置かれています。そしてこれらのワーキングチームの下に、テーマごとに各府省庁課長級の会合が数多く設けられ、様々な施策が推進されています。

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大会に向けて、政府には、セキュリティに関する多くのセンターが設けられます。あらゆるセキュリティの情報を扱う「セキュリティ情報センター」は、警察庁に設けられ、すでに動き出しています。また、国際テロ等の情報を専門的に扱う「国際テロ対策等情報共有センター」が内閣情報調査室に設けられます。加えて、本年度中に「サイバーセキュリティ対処調整センター」が設けられます。これまで日本には、政府と民間に対するサイバー攻撃に一元的に対応する組織が存在していませんでした。オリンピック・パラリンピック限定ですが、このセンターの設立によって強固なサイバー防御体制の第一歩が踏み出されます。さらに、緊急時にすべての活動を調整する頭脳として、「セキュリティ調整センター」が設けられる予定です。

交通需要マネジメントによる対策

東京オリンピック・パラリンピックの特徴は、選手村や競技会場、メディアセンターなどが、物流の拠点でもある臨海部や市街地に点在していることです。また、大会期間中は行楽シーズンであり、交通量と事故などが多い時期でもあるので、開催期間中は道路や鉄道などが渋滞、混雑すると予想されています。

選手や競技関係者、報道関係者は、大会関係施設や選手村、ホテルの間を頻繁に移動し、そのために必要な車両は1万台近くに上ります。その他のスタッフまで含めると車両数は約10倍に膨れあがります。さらにその何十倍もの観客が様々な交通手段で競技会場に向かいます。道路や鉄道の負荷はかなりのものです。計算上は、土日休日の空いている都心を平日のラッシュアワーなみの混雑状況に一変させるくらいのインパクトがあります。

対策を何も講じなければ、首都高速は方々で動かなくなると予想されています。東京都と組織委員会が発表した関係者の輸送ルートや観客ルートを中心に、大渋滞が起こることは必至です。

そこで内閣官房、東京都と組織委員会が中心となって、大会期間中、交通需要の抑制、分散、平準化を行う「交通需要マネジメント(TDM)」への参加を呼びかけることとしています。道路交通では、上記のルートを中心に平日に15%ほど交通量を減らすことが目標です。これによって平日の交通量は休日並みなり、大会関係車両が増えても交通量は通常の平日程度に抑えられ、渋滞の発生も許容範囲に収まると考えています。この「交通需要マネジメント」の推進に是非ご協力ください。

この「交通需要マネジメント」についてご留意いただきたいことが2つあります。1つは、このマネジメントの最大の目的は、逆説的ですが、大会の成功ではないことです。交通量の削減が不調となれば、大会関係車両を円滑に通すために大規模な交通規制が必要となります。高速入口の閉鎖や、一部路線を封鎖せざるを得なくなる可能性があります。厳しい交通規制の中で、大会はなんとか運営されたとしても、大渋滞が発生し、企業活動や市民生活に大きな支障が生じることが予想されます。つまり「交通需要マネジメント」とは、このようなリスクから企業活動や市民生活を守るためのものなのです。

渋滞のイメージとして、昨年の秋にトランプ大統領が来日したときの例を紹介しますが、例えば、休日の夕方、米国国務長官の車列を横田空軍基地から帝国ホテルまで通すため、圏央道から中央高速、首都高新宿線を規制した際には、圏央道の外側は30㎞以上の渋滞となっていました。また、迎賓館と帝国ホテルの間を大統領車列が移動する際には、首都高内環状を規制する必要があり、最大時にはその3分の1が渋滞となっていました。これはあくまで1つの車列についてですが、100人近い元首級の要人が訪れる東京大会では何十もの車列が行き交い、さらに大会関係車両が加わります。

開会式や閉会式に参加する選手や関係者はバスで輸送するのですが、用意される400~500台のバスを首都高上に一列に並べると、選手村から国立競技場までつながるほどの長さになります。

交通輸送のオペレーションは非常に厳しい見通しです。もし、「交通需要マネジメント」で交通量の削減ができなければ、各ルート周辺の一般道路全体で大渋滞が発生することは火を見るより明らかです。渋滞が信号から信号までつながると車は全く動かず、さらに渋滞が重なり広域的に道路は麻痺します。東日本大震災のときに都内の鉄道運行が乱れ、首都高が通行禁止になったことで発生した大渋滞が再現されかねません。

この夏から「交通需要マネジメント」への参加を幅広く呼びかけていきます。テレワークや時差出勤、フレックスタイムの導入、夏季休暇の取得促進などをどうかご検討ください。また、混雑が予想される道路については、輸送経路や調達方法の変更などご検討ください。

一人はみんなのために、みんなは一人のためにという気運の輪を広げたいと思っていますので、ご協力をお願い致します。

(了)

 

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