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熊本城のいま

【熊本城のいま】西大手門 来月から解体

©株式会社熊本日日新聞社

 熊本市は、熊本地震で被災した熊本城の「西大手門」と「元太鼓櫓[もとたいこやぐら]」の解体・撤去に向けた準備を進めている。いずれも木造の復元建造物。倒壊の恐れがあるとみられている西大手門については、10月上旬から解体する予定だ。

 地震で傾いていた元太鼓櫓は今年6月に倒壊した。大雨の影響だったとみられている。

 一方、西大手門は土台の石垣が大きく崩落し、建物がたわんだり傾いたりしたまま。現在、北東の角の石垣で建物を支える格好になっており、鉄パイプの支柱で応急処置をしている。市は倒壊の恐れがある建物の一つとみている。

 江戸時代、西大手門は熊本城の「正面玄関」であり、地震前も二の丸広場から天守閣へ向かうメインゲートだった。市は2019年秋に大天守の外観を復旧させる予定で、それまでに西大手門と近くの元太鼓櫓を撤去。観光客らの大天守へのアクセスルートにする計画だ。

 明治時代初期に撤去された木造2階の西大手門は、これまで2度にわたって復元された経緯がある。最初は1981(昭和56)年で、西南の役100周年記念として復元された。その年の1月29日に現地であった落成式には、設計・監修した東工大の藤岡通夫教授も出席。藤岡教授は天守閣の外観復元(60年)の中心人物だ。

 2度目は2003(平成15)年。市文化振興課の西川公夫さん(64)は、西大手門の2度の復元に携わった。西川さんによると、県内に甚大な被害をもたらした91年の台風19号で壁などに亀裂が入って修理をした。その8年後の99年、西大手門は台風18号で倒壊。「19号の被害もあり、18号でとどめを刺された感じだった」と西川さん。03年の復元では、内部に壁を増やして風や揺れに強い櫓にしたという。

 西川さんは飯田丸五階櫓や本丸御殿の復元にも関わった経験を持つ。災害に襲われる熊本城を見る度に「仕方ないけれど、やはりきつい」とぽつり。一方、地震で石垣が崩れたことで、内部などが見えるようになり、「地震があって分かることも多い」と話す。

 熊本城総合事務所によると、西大手門は10月上旬から解体。建物が倒壊しないようにジャッキなどで支え、瓦から取り外していくという。石垣もさらに崩れないように外から支える。倒壊したままになっている元太鼓櫓は9月中旬から撤去。2棟とも来年3月中旬には解体・撤去を終える。復元の予定はともに2033年度以降となっている。(飛松佐和子)

(2018年9月7日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

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