青森のとある町で町長が2人誕生?!任期初日に2人が登庁すると言い出した結果、町はどうなった?

選挙に当選すると「当選証書」というものを選挙管理委員会からもらいます。この証書は当選のあかしであり、極めて重要なものです。しかし、町長選において、当選証書を2人の候補に渡してしまい、互いに自分が当選したと主張して大混乱に陥った事例があります。そして、これは公平中立に選挙を運営しなくてはいけない選挙管理委員会の不正という極めて重い事件でもありました。今回はこの「2人町長」事件とも呼ばれる事例を紹介します。

逆転当選に次ぐ逆転当選

事件の舞台となったのは青森県の鰺ヶ沢町です。この町で、1971年4月25日に行われた町長選で事件が起こりました。

この選挙では現職の中村清次郎氏と新人の鈴木泰治氏、菊谷三郎氏の3名が立候補していました。そして、選挙戦は大激戦となり、中村氏が5,232票を獲得して当選したものの、次点の鈴木氏は4 ,755票と僅差となっていました。

町選管は投票日翌日の26日に中村氏に当選証書を授与し、選挙は終了と思われました。しかし、ここで鈴木氏陣営が、中村氏の票には同一筆跡の票が混ざっていると町選管に告発したことから事態は急展開を始めます。この告発を受けて町選管は票の再点検を行いました。そして、同一筆跡の票が593票もあるとして、これらを無効票としたのです。これにより、中村氏の得票数は4,640票となり、鈴木氏が逆転当選となったのです。

ここで町選管は法律に基づいて、この結果を告示する必要がありました。しかし、選管の事務長は判定方法に疑問が残るということや法律上これだけではすぐ中村氏の当選無効の決定を出せないとして、告示を拒否しました。ところが、選管委員長が独断で当選証書を発行し、鈴木氏に授与してしまったのです。これにより、定数1の選挙なのにもかかわらず、複数の候補者に当選証書が授与されるという事態になってしまったのです。

さらに鈴木氏の逆転当選は正式な選挙会(当選人を決定する会議)を経ていないということが判明したため、改めて正式な選挙会が開催され、町選管は再度当選証書を鈴木氏に対して授与しました。これにより、短期間の間に当選証書が3枚も出されるという異様な事態に発展しました。さらに、鈴木氏への当選証書授与に対して、中村氏陣営は公文書偽造であるとして、選管委員長を告発するという事態に発展しました。

まさかの「町長が2人」

2人の候補者に当選証書が授与されてしまったという鰺ヶ沢町長選の異様な事態に対し、青森県選管は以下のような解釈をしていました。

公職選挙法では今回のように結果が逆転した場合、逆転の告示をし、この告示21日以内は県選管に審査申し立てができる。ここで申し立てがあった場合は逆転落選とされた中村氏は決着が付くまでは町長の身分が保証される。そして、21日経過しても申し立てがなかった場合、このときに初めて鈴木氏の当選が決まる。

したがって、鈴木氏の当選証書は効力がないとのことでした。

しかし、鰺ヶ沢町の選管委員長は鈴木氏への当選証書は正規のものであるとし、鈴木氏も町選管の正規の手続きを経たものなので、自分が新町長であるという姿勢を崩しませんでした。このような鈴木氏に対し、中村氏も当選者は自分であると主張しました。そして、互いに新任期1日目の5月10日に「町長」として町役場に登庁すると言いだしたのです。

この両「町長」の新任期初登庁に対し、裁判所は鈴木氏に町長としての登庁を禁止する仮処分を出し、警察は鈴木氏の当選証書は正規の手続を経ておらず、法的な効力がないとして、鈴木氏が登庁して問題を引き起こした場合は業務妨害罪などを適用して逮捕すると発表しました。結局、中村氏は登庁したものの、鈴木氏は代理人を派遣し、「自分が町長であるが、混乱を避けるために登庁を見合わせる」と発表して中村氏のみの登庁となり、両者の激突は回避されたのです。

選挙管理委員会の不正が発覚し、さらに大混乱へ

両「町長」は法廷での闘いに移りましたが、ここで思わぬ方向に事態が動き出します。

町選管が同一筆跡であり、無効票であると認定した票を警察が調査したところ、法的に正規の代理人が記載した票を除いて同一筆跡のものは1つもないと鑑定されたのです。これを受け、根拠もないのに593票も無効票とし、当選証書を発行したのは「投票増減罪」であるとして警察は町選管を捜査しました。その結果、選管委員長と複数の委員が逮捕され、委員長は鈴木氏を当選させるために不正をしたことを自供したのです。さらに鈴木氏陣営の町議や運動員なども選管委員長と共謀したとして逮捕され、最終的に選管委員長をはじめとした8人に実刑判決が下されたのです。

また、選挙自体も鈴木氏の逆転当選は無効となり、中村氏の当選が確定しました。これにより、鰺ヶ沢町の「2人町長」は終わりを告げたのです。

「唯一の大企業が役場」状態が悲劇を起こした

なぜ今回のような公正中立であるはずの選挙管理委員会までもが絡んだ、派手な不正が起きたのでしょうか。それはこの町では大きな産業がなく、役場が唯一の大企業と呼ばれていたからでした。このため、町民にとって、就職など役場の恩恵を受けられるか否かは極めて重要であり、これは町長派に属しているか否かということに密接に関係していたのです。このような環境で、どんな手段を使っても選挙に勝たねばならないということにつながりました。そして、「選管を握っていれば、票で負けても勝負で勝てる」とまで言う町民が出るほどとなり、今回のような派手な不正を引き起こしたのです。

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