平成5(1993)年の主な出来事

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 新年早々、全国高校サッカー選手権大会で長崎県代表の国見が2年ぶり3度目の優勝を飾った。
 1月中旬には米海軍横須賀基地所属のイージス巡洋艦モービルベイが長崎に入港、被爆者や市民団体のシュプレヒコールを上げた。
 第7蛭子丸、第21金光丸と痛ましい海難事故が相次ぎ、死者、行方不明者は計28人に上った。
 新しい政治体制を問う衆院選では新党ブームが吹き荒れ、長崎県政界地図も大きく塗り変わった。
 大村難民一時レセプションセンターからベトナム人の集団逃走が相次ぎ、その大村市では松本市長をめぐる一連の疑惑問題が市政を大きく揺さぶり続けた。
 本格的な発掘調査が始まった壱岐・原の辻遺跡では日本有数規模の多重環濠(ごう)が確認され、注目を集めた。
 「長崎北松じん肺訴訟」上告審の口頭弁論が最高裁で開かれ、結審。最大の争点となったじん肺認定と事項の関係をめぐり、二審判決が見直される公算が大きくなった。
 雲仙・普賢岳は噴火から丸3年が過ぎたが、終息する兆しは見えなかった。