【特集】「信じたら手遅れ」就活ルール巡る学生の本音

By 関かおり

記者会見をする経団連の中西宏明会長

 経団連の中西宏明会長(日立製作所会長)は9月、大手企業の会社説明会や採用面接の開始時期を定めている採用指針を、2021年に卒業する学生から廃止すべきだとの考えを示した。 

 大学や産業界などが申し合わせた「就職協定」として1953年に始まった就活のルールは、学生が学業に専念する時間を確保する目的で、面接や内定の解禁時期などを定めてきた。現行の指針では、大学3年の3月に企業説明会がスタート、4年6月に面接解禁、10月に正式な内定が出る。 

 しかし、優秀な人材を確保するために抜け道を探る企業と、早い時期から事実上の就活を始める学生、両者の間で採用指針はすでに形骸化している。結局、採用指針とは誰のためのものだったのか。長い夏休みが間もなく終わり、これから本格的な就職活動シーズンを迎える大学生らに聞いた。  (共同通信=関かおり)

「ルールといっても」 

 「ルール通りに動いたら完全に手遅れ」。国際基督教大3年の志田健太さん(20)=仮名=はこの夏、企業のインターンシップに参加するなど本格的な就職活動を始めた。ルール上はまだ説明会も解禁されていないはずだが、「イベント」と銘打たれた事実上の説明会はもう始まっている。志田さんは「遅くとも3年の秋にはみんな就活を始める。ルールがあるといっても選考が始まっているのは明らかで、動かざるを得ない」と説明する。 

リクルートスーツで駅に向かう志田さん

 学生優位の売り手市場といわれる中、人材確保に焦る企業の採用活動は年々前倒し傾向にある。特に秋から冬にかけてのインターンは採用に直結していることが珍しくないといい、早ければ3年の3月に事実上の内定を出す企業もある。 

 指針そのものが就活をゆがめてきた一面もある。「プライベートセッション」「交流会」「インターンの同窓会」「質問会」―。これらはすべて解禁前の面接を言い換えた呼び方だ。現在、企業側は事実上の選考を兼ねるインターンやイベントを「選考に関係ありません」と建前で説明しなければならない。「本当に関係ないのか」「どのイベントが事実上の面接なのか」。学生は自力で情報収集しなければならない。そのぶん、手間も時間も余計にかかる。「現状はフェアじゃない。指針を信じた学生は出遅れる」「ルールがなくなれば『これは選考ですよ』と企業も素直に説明できるようになり、学生に採用情報が行き渡りやすいのでは」。学生からは指針廃止を歓迎する声が上がった。 

留学と就活、両立できるように 

 「採用指針がなくなって通年採用が当たり前になれば、留学への不安はなくなる」と話すのは国際基督教大の吉野祥子さん(24)=仮名=。まだ2年だが、高校卒業後に約3年半の職歴があり、一般的な大学生と経歴が異なることでの不安から、すでに就活を強く意識している。「早く動いた人が勝つ。志望業界が決まることで自分が勉強すべき分野もわかる」と積極的だが、心配なのは来年秋からのアメリカ留学だ。現行の指針のままだと、3年の秋といえば日本の事実上の就活シーズン。留学中にボストンでの就職イベントに参加するつもりでいるが、必ず内定が得られるとは限らない。留学経験のある学生によると、事実、イベントで就職先が決まらず、帰国後に就活のために留年した学生もいる。 

 吉野さんは順調にいけば21年卒業で経団連の指針廃止の対象となる世代で、これまでと就活のスケジュールが変わる可能性がある。「指針が存続するにせよ、廃止となるにせよ、早めに結論を出してほしい」と望んでいる。 

就活は大事だけど 

 一方で、「日本の就活はすでに早い。これ以上その傾向が強まることを堂々と認めていいのか」と不安視する人もいる。 

 慶応大修士1年の張静さん(22)=仮名=は中国安徽省からの留学生。日本への留学は2回目で、就職を希望している。「将来のために金融やコンサルに役立つ知識を身につけたい」とことし4月に来日したばかりだが、待ち受けていたのは就活だった。「早すぎる!」 

 張さんによると、中国での一般的な就活シーズンは大学4年もしくは修士2年。学生時代の成績も選考に大きく影響する。しかし「日本の企業は学生の知識や能力を中国ほど重くとらえていない」と感じる。成績がよくても、就職にはなかなか結びつかない。 

 張さんは修士1年のうちは勉強に集中するつもりでいた。でも、内定をもらえずに帰国する仲間や、修士2年になっても就職先が決まらずに焦っている先輩を見ると、不安が募った。卒業後は外資系コンサル会社で働くことを考えているが、指針に縛られない外資系企業は輪を掛けて動き出しが早い。5月からネットで就活情報をチェックし、夏休みには2社のインターンに参加した。 

「就活は確かに大事だけど、学生の本分はやっぱり勉強なのではないか。せっかく頑張って大学に入ったのに」 

 今後、指針廃止で就活の早期化がさらに加速し、堂々と人材の青田買いが横行するようになったら? 「日本の学生にとっても、日本での就職を望む留学生にとっても、あまりよくないことだと思う」と張さんは顔を曇らせた。 

就活イベントで企業の説明を聞く学生

指針は何を守ったか 

合同説明会に集まった大勢の学生

 優秀な人材を他社より早く多く確保しようとする企業側と、大手企業への就職を望む学生の間で「建前」の裏を読むゆがみが常態化し、留学を希望する若者の足を引っ張る。だからといって廃止して就活の早期化、長期化が進めば、学業が二の次になる可能性も否定できない。では、採用指針とはいったい何を守るために維持、廃止されるのか。 

 就活を終えた4年や新社会人たちは「サークルや勉強の時間が指針によって守られていたとは感じていない」と振り返る。早稲田大をことし卒業し、都内の企業に勤める山根一恵さん(24)=仮名=も「指針の存在を意識したことはなかった」という。就活を通して感じた採用指針の必要性は、学生側というよりむしろ企業側の事情に絡むものだった。 

「何度もインターンを開いて優秀な人材を早期に確保できるのは一部の企業だけ。新人採用に時間やお金をたっぷりかけられる企業ばかりではない。一斉に合同説明会などが解禁される状態なら、どの企業にとっても学生への接触のチャンスが広まり、採用スケジュールも立てやすくなる」 

 その上で、ルールが廃止されれば採用情報が行き渡りやすくなるとの指摘については「そこは重要じゃないと思う」と話す。 

 「ルールが邪魔だとも思わなかった。ただ内定をもらうことだけが目的なら邪魔かもしれないけど、本当は自分のやりたいことやキャリアプランを考えたり探したりするのが就活で、その点ではルールなんてあってもなくても関係ない」 

 指針が必要なのも邪魔なのも、彼らではないのかもしれない。取材した学生の1人が吐き捨てた。 

 「ルールを廃止したら学業がおろそかになる? とっくになってますよ。面接もインターンも平日ですよ。何を今更」

(了)

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