「その場で射殺」から「教育」へ…犯罪多発に悩む金正恩氏

極めて犯罪の少ない社会と言われていた北朝鮮。それが激変したのは、1990年代の大飢饉「苦難の行軍」のころからだ。北朝鮮の人々は、食うや食わずの状態で生きながらえるために、ありとあらゆることをした。その中にも犯罪が含まれている。

多発する犯罪に対処するため、金正日総書記は、治安要員に犯罪者をその場で射殺してもいいというフィリピンのドゥテルテ大統領顔負けの荒っぽいやり方を行わせていた。

現在は、金正日時代と比べると食糧事情は安定しているが、発展する市場経済が逆に犯罪を増やす結果を生んでいる。覚せい剤の蔓延や売春の組織化など、以前には存在しなかった犯罪も拡大している。

平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、政府は最近「人民の声明と固有の社会主義制度、法秩序を脅かす悪辣な犯罪行為を根絶やしにするための措置を施行せよ」との指示を、各市、郡の保安署(警察署)に下した。

これを受けて一線の保安員(警察官)は、人民班(町内会)の会議で窃盗、強盗事件の実例を挙げて、防犯教育を行うようになった。

その一例が、先月道内で起きた強盗事件だ。保険行政の担当者を名乗る複数の男性がトンジュ(金主、新興富裕層)の自宅を訪れた。いかにもな服装をして医学的知識を並べ立てて「伝染病が流行している、予防接種を打たなければ病気になって半身不随になるかもしれない」と脅かし「今回はモデルケースなので無料だ」と安心させた上で、注射を打った。

それには睡眠薬が含まれていて、トンジュが眠りに落ちたすきに一団は大量の金品を盗み出す、という手口だ。

保安員は「保健所の予防接種、保安署の宿泊検閲(無断で他人を泊めていないかの検査)は、必ず人民班長(町内会長)と同行して行うので、検閲、取り締まりと称して見慣れない顔の者がやってきたら、かならず人民班長や保安署に通報しなければならない」とも教育している。

また、人民班の非常連絡体制を点検し、伝達事項を伝えるときには必ず隣人と面と向かって伝え、なにか起きたらすぐに人民班長や保安署に通報できるようにせよとも教育している。

今まで北朝鮮では、強盗に対して死刑を含む極刑で対処してきた。

刑法第288条(個人財産強盗罪) 人の生命、健康に危険をもたらす暴行、脅迫を行い、個人の財産を奪った者は、4年以下の労働教化刑に処す。複数回の犯行、共謀、武器、凶器の利用、大量の個人財産を奪った場合には、4年以上9年以下の労働教化刑に処す。前項の罪状が重い場合には、9年以上の労働教化刑に処す。

刑法附則第10条(極めて重い罪状の個人財産強盗罪) 個人財産強盗罪の罪状が極めて重い場合は無期労働教化刑または死刑および財産没収刑に処す。

実際、多くの脱北者が、強盗、窃盗容疑者が公開処刑されたときの様子を証言している。

しかし、真夜中に荷物を満載した自転車で市場から帰宅途中だった女性が襲われたり、中高生が同級生から暴力を振るわれ金品を奪われたりするなど、強盗事件が多発している。保安署は、実効性のある防犯対策を立てられず、頭を抱えるばかりだ。

保安署は頼りにならないと見たトンジュは、自主的に防犯対策を行っている。家の周囲はもちろん、隣近所と共同で通りに防犯カメラを設置したり、警備員を雇ったりしている。

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