全線フル 佐世保線特急「みどり」への影響 減便や観光減に不安 長崎県「経営分離は望んでいない」

 九州新幹線長崎ルートの新鳥栖-武雄温泉間の整備方法で、長崎県佐世保市は全線フル規格となった場合、JR九州が並行在来線の経営を分離し、博多までを結ぶJR佐世保線の特急「みどり」が維持されなくなる可能性を危惧している。佐世保市や長崎、佐賀両県の考えを探った。

 「日本最西端」の看板が掲げられる佐世保駅。1時間に1本のペースで博多に向かう特急「みどり」には、ビジネス客や旅行者らが続々と乗り降りしている。仕事で使う佐世保市の団体職員男性(48)は「特急は佐世保の経済を支える重要な交通手段。乗り換えや減便となれば影響は大きい。観光客も減るのではないか」と不安そうに話す。

 そもそも佐世保市には、新幹線が経由する予定だった。1978年に佐世保市が原子力船「むつ」の修理を受け入れた見返りとして国は優先着工を認めた。しかし、1991年に佐世保を経由しない現在の短絡ルートが浮上。長崎県は「佐世保市にも在来線を利用して『スーパー特急』(現在はフリーゲージトレインに読み替え)を直通させる」などと“約束”。佐世保市は「苦渋の決断」で受け入れた。

 苦い過去がありながら、今度は長崎ルートの全線フル規格化に伴い、佐世保線の利便性が低下する可能性が出ている。ただ、朝長則男・佐世保市長は8月の会見で「いろいろな課題は出ると思うが、まだフル規格と決まっていない。(現段階で)何かを要望する考えはない」と述べるにとどめる。

 こうした姿勢に、あるベテラン市議は「市長は新幹線を断念した悔しさをよく知っている。長崎県内で全線フルの機運が盛り上がる中、今は波風を立てたくないのだろう」とおもんぱかる。しかしその上で「佐世保市民が我慢したおかげで長崎ルートが実現した。新幹線の影響で市民が不利益をこうむることは許されない」と憤りを隠さない。

 長崎ルートの佐世保経由が見送られた1992年の翌年、長崎県は佐世保市、JR九州の3者でつくる佐世保線等整備検討委員会を設置。大村線を含め鉄道輸送改善を協議してきた。並行在来線問題を巡る市の懸念について、長崎県新幹線・総合交通対策課は「JR九州は経営分離について何も方針を示していない。佐世保の特急に影響するかは現時点で分からない」と前置きした上で、「長崎県は全線フルを求めているが、経営分離は望んでいない。経営の維持はJRに求めていくことになるだろう」とする。

 一方、財源負担増を理由に全線フルに難色を示す佐賀県でも、並行在来線の問題を不安視する声が出ている。山口祥義・佐賀県知事は佐賀県議会などで度々この問題に言及。佐賀県新幹線・地域交通課は「佐賀県が全線フルを望まないのは財源の問題だけではない。沿線住民にとって在来線の利便性が低下しないことも確認できない限り、全線フルは受け入れられない」と強調。今後、議論を重ねるべきテーマという認識を示している。

佐世保と博多を結ぶJR佐世保線の特急「みどり」=佐世保駅

 ■インタビュー/福岡大経済学部・木下敏之教授「方針早く示すべき」

 九州新幹線長崎ルートの新鳥栖-武雄温泉間に位置する佐賀市の前市長で、九州経済論を専門とする福岡大経済学部の木下敏之教授(58)に、並行在来線問題について聞いた。

 -全線フルに伴う並行在来線について、JR九州は経営を続けると思うか。

 ここは利用者が多い区間なので、簡単に経営分離しないだろう。ただ、採算が取れない場合は将来的に一部を分離する可能性はある。JRは民営化後、利益を求める厳しい経営判断をするようになった。最近は利用者が少ない在来線の運行本数を減らしている。新幹線の運行にプラスに働く在来線だけを残すだろう。

 -経営分離は沿線住民にどんな影響を与えるか。

 JRが地元に停車することは、全国とつながっているという安心感になる。それだけに撤退すれば「うちの町は終わった」という精神的なダメージが大きい。若い人が古里の将来に見切りを付けて離れるかもしれない。住民は経営分離を簡単に受け入れないだろう。

 -今後の注目点は。

 新幹線の駅舎がどこになるかで町の中心が変わる。新幹線と在来線で、運賃がどれだけ違うのかも関心事だ。(JR九州や沿線自治体は)地域との信頼関係を維持するため、今後の方針や試算などの情報はできるだけ早く示すべきだ。

「JRの経営分離は沿線住民にとって精神的なダメージが大きい」と語る木下教授=福岡市、福岡大

 ■<並行在来線 全国の状況> 三セク化は苦しい経営多く/八代-川内間は開業以来赤字 

 新幹線整備でJRが並行在来線の経営を分離する場合は、沿線自治体が出資する第三セクターで運行を引き継ぐケースが目立つ=表参照=。だが、不採算路線を抱え、厳しい経営を強いられる会社も少なくない。

 九州新幹線鹿児島ルートでは、2004年の部分開業に伴い、並行在来線の八代-川内間が経営分離された。このため熊本、鹿児島両県と沿線市町などが出資して第三セクターの「肥薩おれんじ鉄道」を設立。しかし開業以来赤字が続き、沿線自治体などが穴埋めしている。昨年度は熊本県側が約3億円、鹿児島県側が約2億円を補助。鹿児島県交通政策課は「鉄道は地域住民の足で、観光や物流を支えている。自治体の負担はやむを得ない」とする。

 長崎ルートでは着工前に並行在来線の肥前山口-諫早間の経営を巡り、激しい対立があった。長崎、佐賀両県、JR九州の3者は1996年12月にこの区間を経営分離し、第三セクターで経営することに合意。佐賀県鹿島市など沿線市町の猛反発を招いた。2007年12月、3者は経営分離をせず、線路など鉄道施設は長崎、佐賀両県が保有し、新幹線開業後の20年間(現在は23年間に延長)はJR九州が経営する「上下分離方式」で合意。対立は沈静化した。

 ■ズーム/九州新幹線長崎ルート

 1973年に国の整備計画路線として決定。1992年に佐世保(長崎県佐世保市)を経由しない短絡ルートに見直され、2008年に武雄温泉-諫早が着工した。全線のうち新鳥栖-武雄温泉は在来線を走るフリーゲージトレイン(FGT、軌間可変電車)を導入する予定だったが、採算性の低さや開発遅れを理由に断念。新幹線と在来線特急を武雄温泉で乗り継ぐ「リレー方式」で2022年度に暫定開業する。

整備新幹線と並行在来線の状況

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