【自由と平等 バランスは?】規制と緩和繰り返し

©株式会社熊本日日新聞社

 憲法が保障した基本的人権-。経済の領域でみれば、どんな仕事でどれだけ稼ごうが原則は個人の自由だが、一方で格差是正(平等)を国に求める根拠となる条文もある。自由と平等のバランスをどう取るべきか。熊本大法学部の憲法ゼミ「4限目」は、タクシー業界規制をテーマに3年生が賛成、反対に分かれて討論した。(並松昭光、渡辺哲也)

 経済活動の分野で憲法が保障した「自由」は、財産権(29条)や職業選択(営業)の自由(22条)など。これに対し「平等」は、生存権(25条)や労働基本権(27条)がある。

 大手と零細企業、雇用主と従業員といった関係で、これらの相反する権利がぶつかる場面は少なくない。そこで国会・政府は自由の側に一定の制約を設けて互いを調整する。平成に入り、規制の緩和と強化は国政の主要テーマだ。

 学生たちは、そのバランスの取り方について最高裁の憲法解釈が色濃く出た「小売市場事件」判決(1972年)を学んだ。新設には既存の小売市場から一定の距離が必要とする法律違反に問われて罰金刑となった大阪府の業者が、営業の自由を主張して上告したが棄却された。

 判決は「憲法は経済的に弱い立場の人の適切な保護政策を要請しており、個人の経済活動の自由に対する規制は許される」と指摘。経済的基盤が弱い小売商の共倒れを防ぐ目的での新設規制には「一応の合理性が認められる」とした。生存権などに基づく経済政策は「よほど不合理でない限り、合憲」というわけだ。

 では、タクシー業界の規制はどうだろう。

 タクシー事業は2002年、新規参入や増車が原則自由化されたが、不況で売り上げが落ち込み、運転手の低賃金や長時間労働を招いた。このため政府は規制強化に転換。09年、都市部の過当競争防止を目的に参入制限と事業者の自主的減車を促す法制化に踏み切った。13年には減車を強制し、「格安運賃」も認めない改正法が成立した。

 熊日紙面では14年、減車で廃業や事業譲渡を迫られた県内の中小業者を紹介する一方、規模を拡大した業者が「業界が再編し、活性化した」と歓迎する声も報じた。熊本市と近郊の台数は10年近くで2割強減った。

 タクシー規制は、稼働台数を減らして運転手1人当たりの売り上げや労働環境を改善し、渋滞や事故の減少など安全性向上につなげるのが目的とされる。ただ、「営業の自由を侵害する」との批判もある。

 ゼミの討論が始まった。

【討論】タクシー規制 あり? なし?

 ディベートの最初の論点は「タクシー減車を強制していいか」。賛成派のA班は、憲法22条が営業の自由の条件を「公共の福祉に反しない限り」としている点に着目。「一部業者の経営が圧迫されたとしても、全体として運転手の収入や長時間労働が改善し、業界の安定的な発展につながったのなら許される政策だ」と主張した。

 憲法を根拠とした合理的な社会経済政策であれば、個人の経済活動を制約してよいとした「小売市場事件」最高裁判決の存在もこの主張の土台となった。

 反対派のB班は「薬局距離制限訴訟」最高裁判決(1975年)を盾に反論した。不良医薬品の供給防止を目的に薬局の開設場所を制限した法律は憲法違反か、が争われた訴訟だ。

 薬局距離制限訴訟 広島県福山市で既存薬局から距離が近いことなどを理由に開設不許可となった業者が、営業の自由を侵害されたとして提訴した。最高裁大法廷は1975年、薬局の過当競争で経営が不安定化し、施設の欠陥などで不良医薬品が出回る危険が生じるとする規制目的は「観念上の想定で、確実な根拠に基づく合理性はない」と判断。薬局の開設許可条件に立地を追加した薬事法6条は違憲で無効とした。国会は判決後、この規定を削除した。

 最高裁は「国民の健康を守る目的は重要だが、営業の自由を大きく制約する以上、その目的と規制の内容に実質的な関連が必要」などと指摘。立地規制で過当競争を防げば、不良医薬品が出回るリスクが減らせるという行政側の主張は「観念上の想定にすぎない」と関連性を否定した。

 これを引き合いにB班は「タクシー規制の目的は、運転手の労働環境改善を事故防止や乗客の安全確保につなげること。間接的な手法の減車ではなく、労働法や道交法による監督の強化でも代替できる」と強調した。

 過労や危険な運転を防ぐため、国が福岡などの都市圏で採用した運転手1回当たりの乗務距離制限についても検討。規制を支持するC班は「営業自体の可否を決めるほど大きな規制ではなく、立法に広い裁量が認められる」。これに対し、反対派のD班は「勤務や休憩時間の管理を徹底するなど別の方法で対応できる」と主張した。

 最後の論点は、国が決めた運賃幅を下回る「格安運賃」を認めない規制。賛成派のE班は「不当に安い運賃は健全な競争を阻害し、市場の秩序が守られない。運賃幅の中で競争でき、参入規制よりも緩やかだ」と訴えた。一方、反対派のF班は「企業がコストと利潤を計算して商品やサービスに値段を付ける行為は、営業の自由の核心部分。立法の裁量を逸脱している」と反論した。

 まとめの討論では、賛成派が公共交通機関としてのタクシーの特性に触れ、「国民の命を守る分野は、自由競争になじまない」と補足。反対派は「表向きの規制理由は安全面や労働者保護だが、一連の規制は業界の要望がきっかけ。既得権を保護する意図もあるのでは」と付け加えた。

     ◇

 「うーん。どちらの主張も筋が通っていて難しい…」。審判役の学生は悩んだ末、今回は自由に重きを置く規制反対派を「優勢」とした。

【もっと深く】優先の判断 主権者の手に

大日方信春教授

 17~18世紀に成立した「憲法に基づく統治」は絶対王政への抵抗が契機で、何より市民の自由を国家権力から守るものでした。特に経済的な自由は、産業革命を経て19世紀に資本主義の誕生という社会構造の変革をもたらします。市民は政府の規制から解放された社会で、自律的な生活を営んできました。

 この時代の憲法に経済的平等や社会権の規定はありません。代表例が米国。最高裁が1905年、パン工場の勤務時間の上限を定めた州法は労働契約の自由への違法な介入と判断しました。「公共の福祉を実現する必要最小限度の権限は国家に委ねられる」という法理論は当時もありましたが、その根拠が米憲法になかったのです。

 20世紀に入ると、近代憲法に基づく統治は「自由経済下の失業や不意の疾病などによる貧困に無力ではないか」と弊害が指摘されるようになります。社会主義革命などの影響もあり、各国の現代憲法に個人の経済的自由を制約してでも一定の平等を実現したり、経済格差の平準化を政府に求めたりする規定が組み込まれました。

 1945年制定の日本国憲法にも、経済的自由を保障した22、29条と、経済格差の是正を求めた25、27条が併存しています。ゼミで討論したタクシー事業でみると、政府は規制緩和路線から、規制強化で業界の安定的発展や運転手の生活を保護する政策に転換しましたが、いずれにも憲法に根拠があるのです。

 ただ、経済の領域で自由と平等のどちらを優先すべきかは憲法に規定されていません。憲法は、その判断を主権者である私たちに委ねているのではないでしょうか。

 過去の国政選挙では幾度となく、経済政策が大きな争点になりました。郊外大型店に象徴される規制緩和と地元商店街の保護、消費税の引き上げや社会保障制度の見直し…。憲法が保障した経済的な自由と平等のバランスをどう取るか、私たちはその都度1票を投じて選択していると言えそうです。