スポブル2018多く読まれた記事「4月22日は結弦くんの日」

スポブル上半期多く読まれた記事「4月22日は結弦くんの日」羽生結弦選手2連覇おめでとうパレードin仙台

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2018年4月22日、宮城県仙台市内で「羽生結弦選手2連覇おめでとうパレード」が行われた。

気温29度を超える熱気のなか、2つ目の金メダルを掲げた羽生選手が乗車する専用トラックは、13時33分に南町交差点を出発。仙台市役所までの約1.1キロを約40分かけて通り、沿道に集まった10万人の観客に手を振りながらパレードを敢行。

平昌五輪で66年ぶりの連覇を達成した世界的アスリートの凱旋の日、仙台市内は「結弦くんの日」として祝福の輪が広がっていた。

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この「結弦くんの日」とは、地元仙台の人々によって自然と湧き上がった現象の一つだ。

パレードのボランティアを務めた学生は「今日は結弦くんの日なので」と話し始めると交通規制やルールについて、1人1人に丁寧に説明を繰り返す。日曜朝早くから多くの人が集う仙台駅構内では、売店スタッフの女性も「今日は結弦くんの日だから」と付け加えながら、お土産品の在庫説明などで慌ただしく対応を続けていた。

パレード開催の特別な日さえも、地元の人達にとって羽生結弦選手は「仙台の結弦くん」のままだったことが微笑ましく、愛おしい光景だ。わずか40分のパレードでは、「仙台の結弦くん」と10万人の観客がそれぞれの時間を満喫したようで、連覇という偉業を成し遂げた羽生結弦選手自身も沿道の鳴り止まぬ声援に「ありがとう」の言葉を何度も繰り返し、感謝の言葉を伝え続けた。

パレード沿道には、仙台市内唯一の通年型スケート場「アイスリンク仙台」でスケートを学ぶ子供たちの姿もあった。「アイスリンク仙台」といえば、羽生選手がジュニア時代から深い関わりを持ち、技術を蓄えた場所として知られており、仙台市民や東北の人達にとっても特別な場所である。

経営難や震災など幾度となくアクシデントに見舞われるも、荒川静香さんなど多くのアスリートを筆頭に地元住民や企業も声をあげ、多くの人たちの力を合わせ逆境を乗り越えた世界でたった一つのスケートリンク。2004年には、当時小学生だった羽生選手自身もリンク存続を求める署名活動にも参加し、東日本大震災が襲った2011年にはリンク閉鎖を余儀なくされるなど、苦難を乗り越え今がある「アイスリンク仙台」。

羽生選手凱旋当日4月22日午前には、時を同じくして「アイスリンク仙台」に併設する新施設「MIFA Football Park 仙台」とアウトドア施設「WILD BEACH 仙台」がグランドオープン。2017年に三井不動産が進めた「三井不動産 SPORTS LINK CITY FUN-TE!」スポーツ棟改修工事では、この「アイスリンク仙台」も含まれていた。

パレード終了後の記者会見でも、羽生選手は故郷への想いを口にしていた。背筋を伸ばし多くの報道陣に一礼し会見を始めると、時折笑顔も交え「仙台の結弦くん」を彷彿とさせる場面もあった。

記者会見後半では、インターネットメディア「スポーツブル」からの質問にも対応した羽生選手。地元の人達が待ちわびた「結弦くんの日」について自身の感想と仙台市民や東北へのメッセージを求めたところ、以下のような言葉でゆっくりと話してくれた。

「それぞれの店舗でポスターを掲げてくださったり、プリントして、弾幕といったらいいのかな、いろんな言葉を書いてくださったり、自分に見えるように飾ってくださったりすることがすごく多いなと思いました。商業の方も在庫を増やしたり、仕入れる量を増やしたりとか、そういうことでちょっとでも仙台や県内の企業さんにもお金がまわり、それが復興の一助(いちじょ)になればなと思っています」

全ての質問に対し真摯なメディア対応を行い、世界的アスリートの貫禄をこれでもかと完璧に表現した羽生結弦選手の姿は、誰もが認める東北の英雄そのもの。2018年4月22日の仙台は、地元の人たちが教えてくれたように「結弦くんの日」だった。

「羽生結弦選手2連覇おめでとうパレード」は、仙台市内に2つ目の金メダルと結弦くんの笑顔を眩しすぎるほど輝かせ、多くの人たちの心に愛を刻んだ。故郷仙台で英気を養った羽生結弦選手の新たな挑戦は、順調なリスタートを切っているはずだ。

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