済州島「4・3事件」70年 日韓市民が犠牲者追悼

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 韓国・済州島で島民数万人が虐殺された「4・3事件」から70年を迎え、多くの遺体が流れ着いた長崎県対馬市上県町で16日、日本と韓国の市民が企画した初の「対馬・済州慰霊祭」があった。遺族らが同町佐護地区の海岸を訪れ、対馬市民と共に犠牲者を追悼した。
 事件は1948年4月3日、米軍政下で左派勢力の一部が武装蜂起したのを機に警察や軍が住民を虐殺。左派も非協力的な住民を処刑した。虐殺は同年8月の韓国成立後も続き、54年までに島民の1割に当たる3万人以上が犠牲になったとされる。
 佐護地区には事件当時、数百の遺体が流れ着き、地元で製材業を営んでいた故江藤光さんらが佐護湾内の浜辺に手厚く葬った。江藤さんの長男幸治さん(61)は2007年、埋葬地近くに慰霊碑を建立した。
 慰霊祭は日韓の市民でつくる「漢拏山(ハルラサン)の会」が企画。日韓から約80人が参列した。慰霊碑に焼香した後、済州島の伝統的な葬送儀礼で犠牲者の霊を弔った。
 済州4・3犠牲者遺族会会長代理で、親族6人が犠牲になった呉任鐘(オイムジョン)さん(59)は「地元の方が慰霊をし続けていることを知り、胸が熱くなった。一緒に慰霊祭をできたことに感謝したい」と語った。

済州島の伝統的な葬送儀礼で「4・3事件」の犠牲者を追悼した慰霊祭=対馬市上県町佐護、湊浜シーランドステージ