介護を担う女たちの葛藤描く 五島の谷川さん新刊 息詰まる日常 細やかに

 五島市在住の作家、谷川直子さんの新著「私が誰かわかりますか」は、長崎の架空の地方都市を舞台に、介護に奮闘する女たちのそれぞれの事情と心情をリアルに描いた書き下ろし小説。高齢化社会の最前線で闘う女性たちの葛藤を通して、世間とは、老いるとは、死とは何かを問い掛ける。
 神戸市生まれの谷川さんは13年前、再婚を機に東京から五島市に移り住んだ。それまでは「嫁」という立場を特に意識することはなかったというが、アルツハイマー病と診断された義父の介護に直面し、「長男の嫁」としてその最期と向き合った。
 介護に関する情報や知識を得ようと調べたインターネットで、介護を担う数多くの女性たちの苦労や悩みに出合ったことが、執筆のきっかけになったという。「嫁が介護をするケースというのは、都会と同じように、いずれは地方でも減っていくのかもしれない。でも、だからこそ、今書いておきたかった」と話す。
 物語の主人公・桃子は、谷川さん自身がモデル。他にも、妻として、嫁として、職業として、介護に向き合う女性たちが登場する。世間体にとらわれがちな「村社会」の中で、追い詰められていたり、孤独だったり、疲弊していたり、さまざまな境遇の女性たちを描くため、見聞きした情報を基に設定した架空の人物たちだ。「今回初めて、三人称を選び、複数の女性の視点で書いた」という。
 物語は、体験も織り交ぜながら、桃子と義父・守の介護をめぐる緊迫した日常を中心に展開する。谷川さんは、「(介護で)最初に降ってきたのが、堂々巡りの押し問答と排せつの問題だった。さわやかな場面だけを書いて、しみじみとしたきれいな物語にもできたと思う。でも、介護は排せつの問題に尽きるところもあり、それを書かないわけにはいかないんじゃないかと思った」と明かす。
 桃子の友人で義理の父を在宅介護する恭子、死んだ夫の両親と同居し続け献身的に義父を介護する静子、仕事と育児と介護が重なり追い詰められる瞳-。それぞれ深刻な境遇の女性たちの息詰まるような日常と本音を細やかにすくい取り、ねぎらいと希望も見いだす。
 物語の中で、桃子が守の呼び方を「お義父さん」から「父ちゃん」に変えたことで、2人の距離が縮まり、介護と向き合う覚悟を新たにする場面がある。
 谷川さんは「介護をしたことで、義父との濃密な時間を過ごすことができた。介護はどれだけやっても100%はやれない。でも、満足なことができなかったと思うことも相手への愛情と思う。この小説が介護で悩む人の苦悩や孤独を、ひとときでも癒やすことができればうれしい」と話した。
 谷川さんは、2012年に「おしかくさま」で第49回文芸賞を受賞。著書「断貧サロン」「四月は少しつめたくて」「世界一ありふれた答え」など、お金や言葉や病気などをテーマに現代社会の生きにくさを描いた作品を発表している。
 「私が誰かわかりますか」は四六判、232ページ。朝日新聞出版、1620円。

「世間の目が弱者を救うこともある」と話す谷川さん=五島市
「私が誰かわかりますか」

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