チンパンジーと握手した昭和天皇

五輪テスト大会のイルカショー問題

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佐々木央

47NEWS編集部、共同通信編集委員

佐々木央

47NEWS編集部、共同通信編集委員

 本州の北辺・下北半島で育ちました。子どもや若者のこと、生きもの(動物園・水族館)について長く取材してきました。なので、軽視されたり無視されたりしがちな存在、人権のないものへの共感も少しはあります。 

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自転車のスージーに手を差し出す昭和天皇(毎日新聞)

 自転車を押すチンパンジーと昭和天皇が映っている。このチンパンジーは「スージー」といい、上野動物園の人気者だった。ネット上の百科事典、ウィキペディアは「スージー(チンパンジー)」の項を独立させ、次のように説明する。

 「スージー(1948年頃―69年3月20日)は、恩賜上野動物園で飼育されていたメスのチンパンジーである。自転車乗りや竹馬、ローラースケートなどをこなす芸達者として知られ、上野動物園を代表する人気者としてしばしばマスコミに取り上げられた。1956年には、上野動物園を訪問した昭和天皇と握手を交わしている」

 写真はその「天皇とスージーの握手」のシーンをとらえている。56年の出来事だった。82年刊行の「上野動物園百年史」によると、スージーは人間たちの中で「偉そうな人」のところに行って10円硬貨をもらい、売店で菓子を買うことを覚えていた。そこで昭和天皇に手を差し出し、そうとは知らない天皇が、握手で応じたのだ。

 古い写真を思い出したのは、2020年東京五輪のテスト大会第1号として開催したセーリングのワールドカップ・江の島大会の開会式で、イルカショーが行われたと報じられたからだ。

 こうした動物のショーのあり方について、大会関係者の誰も知識を持たず、なんの想像力も働かなかったとすれば、残念というしかない。だが、より大きな問題は、それに対する批判をどう受け止めたかということにあったと思う。

 スージーの話に戻る。

 「上野動物園百年史資料編」には「動物芸」という項目があり、スージーの「芸歴」をたどることができる。スージーは52年に「ピアノ弾き、三輪車乗り、食事」を披露したのを手始めに、年々芸域を広げて「自転車乗り、縄跳び、まり投げ、綱渡り、たる乗り、竹馬、ローラースケート、逆立ち歩き」までこなしている。このころ芸を披露していたのは他に、ゾウ、アシカ、タヌキなど。動物芸の記録は72年まで続くが、その後は記載がない。

 上野ではサルが電車を運転する「おサル電車」も48年から運行され、大変な人気だったが、74年に廃止された。

 いまどこの動物園でも、こうした動物の芸やショーを見る機会はほとんどなくなった。動物芸が受けなくなったからか、あるいは芸を仕込む手間がかかりすぎるからか。

 事実はそのいずれでもない。人間の都合で野生動物を動物園に連れてきたうえに、芸を仕込んで見せ物にするということは許されない。それが常識になってきたからだ。「面白い」よりも、動物に対して「ひどい」「かわいそう」「虐待ではないか」という意識が一般化してきたのである。

 おサル電車で言えば、国際会議で訪れた外国の動物園長から批判を受け、内部でも疑問視する声が上がって廃止に至った。

 その流れは水族館にも及んでいる。米サンディエゴにある世界的に有名な海洋テーマパーク「シーワールド」は2015年、目玉だったシャチのショーをやめると発表し、翌年にはシャチの飼育自体も行わないと表明した。イルカの飼育を完全にやめた国もある。

 日本でも東京の葛西臨海水族園や福島県の「アクアマリンふくしま」は開園以来、水生哺乳類のショーをやらない。アクアマリンはCMで「ショー(しょー)がない水族館」を自称し、それを誇りとしてきた。

 セーリング開会式のイルカショーについて、国際セーリング連盟は声明で「こうした展示を容認しない」と厳しい姿勢を示した。これに対し、国内では「なぜイルカショーが駄目なのか」「クジラやイルカに対する欧米の神聖視は行き過ぎだ」といった疑問や反発の声も上がっている。

 日本セーリング連盟会長の反省の弁は「イルカの扱いは国、個人によって考え方が違う。不快な思いをされた方がいれば、おわびしたい。慎重さを欠いた」というものだった。

 だが、これをイルカに対する「扱い」や「考え方」の違いだとか、彼我の文化の差異による摩擦だとする受け止め方は、問題を矮小(わいしょう)化している。問われているのは、人と生きものの関係であり、自然観や生命観そのものなのだ。私たちは生きものとどのような関係を築こうとしているのか。

 詩人の感性は、アニマルウエルフェア(動物福祉)という言葉が流布するずっと前から、この核心に到達していた。1950年代発刊の詩集に収録されている高村光太郎の「ぼろぼろな駝鳥(だちょう)」の一節を引く。

 「何が面白くて駝鳥を飼うのだ。/動物園の四坪半のぬかるみの中では、/脚が大股過ぎるぢゃないか。/頸があんまり長過ぎるぢゃないか。/雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢゃないか。(中略)これはもう駝鳥じゃないぢゃないか。/人間よ、/もう止せ、こんな事は。」(47NEWS編集部、共同通信編集委員 佐々木央)