【特集】安倍首相も挑んだ新幹線シミュレーター

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鉄道博物館新館の東北新幹線E5系の運転シミュレーターに挑戦する筆者(左)と、展示説明員の女性=2018年9月10日、さいたま市大宮区

 鉄道の営業運転で国内最速となる時速320キロの運転士気分を疑似体験できるJR東日本の東北新幹線E5系の運転シミュレーターがさいたま市の鉄道博物館に登場した。「本物さながらで、安倍晋三首相も満喫した」(関係者)という評判を確かめようと、47NEWSなどに連載中の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者で、日本一の鉄道旅行を毎年選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」の審査委員を務める筆者が“乗務”した。(共同通信=経済部・大塚圭一郎)

 総裁選快走に向けて忖度!?

 このE5系シミュレーターは、今年7月5日に開業した「南館」と呼ばれる新館に新設された。展示面積が3500平方メートルに達する4階建ての新館は2007年10月14日のオープン時からある本館の隣に建設され、全体の展示面積は1万3500平方メートルと従来の1・3倍の広さになった。

 新館は鉄道の仕事、歴史、未来という三つのテーマで展示しており、豊富な見所の中でも「最大の目玉」となっているのが2階にあるE5系シミュレーターだ。

 実写映像を眺めながら最高時速320キロ近くまで“加速”できる優れもので、電車の運転席を再現し、右手でマスコンハンドルを押したり引いたりし、左手でブレーキハンドルを回転させて制限速度を守りながら時間通りに目的駅のプラットホームの決められた位置に停車させる。

 運転区間は初級が福島県の新白河から郡山、中級は白石蔵王(宮城県)を通過の福島から仙台、上級は岩手県の新花巻通過の北上から盛岡間となっており、それぞれの体験時間は15分だ。入館料とは別に500円を支払う必要があるが、1日に遊べるのは28人限定とあって営業時間が始まる午前10時に整理券を配り始めると「だいたい10分ほどで『完売』する」(鉄道博物館)という垂ぜんの的だ。

 9月20日の自民党総裁選で優位に立つ安倍首相は7月4日の新館開業式典に来館し、E5系シミュレーターの体験は「首相側のたっての希望で実現した」(関係者)という。

 案内した鉄道博物館の宮城利久館長は、安倍首相の当日の様子をこう証言する。「駆け足で案内したのでシミュレーターを体験してもらったのは約3分間だけだったが、最高時速の320キロ近くまで加速して「『なかなかスピードが上がらないもんだね』などと話し、ニコニコしながら楽しんでいた」と証言する。

 しかし、わずか3分間で時速320キロまで加速できたという話に疑問を差し挟むと、こんな話が飛び出した。

 「安倍首相に時速320キロを体験してもらうため、スタッフがあらかじめ(マスコンハンドル)のノッチを上げておいて時速280キロあたりまで加速してから席を譲った」。まるで来る総裁選に全速力で向かってもらうための“忖度”と受け止められるような舞台裏があらわになった。

鉄道博物館新館の東北新幹線E5系の運転シミュレーターに挑戦する筆者=2018年9月10日、さいたま市大宮区

 運転士の「七つ道具」も登場

 そんな安倍首相も熱中したE5系シミュレーターに挑戦するため、新館2階の受付で料金の500円を支払った。渡されたのが、運転士の「七つの道具」の一つである白手袋だ。新館開業に伴って同じく新設された首都圏を走る京浜東北線の通勤電車E233系の運転シミュレーターも体験したが、無料で遊べる代わりに挑戦者は素手で操作する。

 両手に白手袋をはめるのに加え、展示解説員の女性が隣で解説してくれるプレミアム感を味わいながらE5系シミュレーターの運転席に乗り込んだ。初級と中級、上級のいずれかを尋ねられたが、初挑戦となる「若葉マーク」の私は「初級でお願いします」と要望した。

 三つ並んだ画面に計器類や情報が表示されるグラスコックピットの前に腰掛けると、本当に国内最高の営業時速に挑むような緊張感に包まれる。正面の大画面に新白河駅のプラットホームの実写映像が映し出され、信号が青に切り替わるのを待っていると展示解説員から指示された。

 「出発時は信号、(扉が閉まっているのを示すランプの)『戸じめ』表示の点灯、時刻を見て指さし確認し、声に出す指差喚呼をお願いします」。やがて信号が青に切り替わり、「戸じめ」の文字の灯りがともって出発を迎えた。「信号進行!」などと声を出しながら指さし確認するが、“新米運転士”だけにぎこちない。列車の進行方向を切り替える逆転ハンドルの位置を「切」から「前」へ動かし、左手でブレーキハンドルを回してブレーキを解除した。

 最高時速をにらむ攻防戦に

 右手でマスコンハンドルを引くと金属製らしく、ずしりとした重みがのしかかる。加速の段階となる「ノッチ」を上げるたびにカチカチという音が聞こえ、自動列車制御装置(ATC)が示す制限時速75キロに向けて最大の「8ノッチ」まで引いた。やがてATCの制限速度が時速320キロに切り替わり、最高時速を目指して加速させた。

 景色が飛んでいくように移り変わる映像を眺めながら「本物の映像ならではの臨場感がありますね!」と感嘆すると、展示解説員は「この映像を撮るために臨時列車を走らせたのですよ」と教えてくれた。正面ガラスに飛んできた虫が付くのだが、「(JR東日本の新幹線は)時速160キロ以上ではワイパーを動かしません」とか。降雨の場合でも高速走行のため雨の水滴が自然に飛ぶのに加え、高速でワイパーを稼働させて破損するのを避けるためという。

 「時速320キロを超えると自動ブレーキが作動してしまうので、到達しないように注意してください」との助言を受け、時速310キロを超えたあたりでマスコンのノッチを下げた。とはいえ、上り勾配になると速度がみるみる下がる。時速315キロ程度を最高時速と位置付け、線形を見ながらマスコンのノッチを調整する攻防戦を繰り広げた。

 トンネルが迫ってくると、私の癖で足もとのペダルを踏んで「プアーン」という警笛を鳴らした。タイトーの電車シミュレーションゲーム「電車でGO!」、および後継機の「電車でGO!!」ではトンネルに入る際にタイミング良く警笛を鳴らすと得点が入ったり、あるいは忘れると減点されたりするので、トンネルを見ると自ずと警笛を鳴らしてしまうのだ。ところが、新白河から郡山までは短いトンネルが連続しており、トンネルの入り口でいちいち鳴らすと警笛過多になりかねない。もどかしい思いをしながら、一部のトンネルでは警笛を見送った。

 緊張の得点発表は…

 すると、車内放送のチャイム音が流れて「まもなく郡山です」という音声が流れた。展示解説員から「左手に赤と黒の横縞の停車場接近標識が見えてきますので、確認してください」と教えられ、「停車場接近、郡山」と口にしてブレーキをかけようとすると待ったが掛かった。

 「時速75キロまではそのまま減速するので、500メートル手前でブレーキを最大4にして30キロ以下に減速してください」

 確かに「新幹線の運転士の力量が大きく問われるのは減速して時速30キロ以下になってからだ」とJR関係者から聞いたことがある。ATCが安全安定運行に導いてくれるため、最後のブレーキ操作で決まった停止位置に定刻通り停車できるかが問われるのだ。

 ホームに進入する際、「U編成」、「10両編成、停止位置U」と指差喚呼した。東北新幹線を走る列車は最大の長さで、「はやぶさ」と秋田新幹線に乗り入れる「こまち」の併結で17両編成、計約430メートルに上る。10両編成の停車位置は、ホームの先端よりかなり手前の「U」と記された看板の位置になるのだ。

 「Uと書かれた看板が自分のすぐ横に来る場所で停車してください」と教えられたのだが、オーバーランへの恐怖もあって停止したのは84センチ手前。本物の運転士ならば失格だろうが、素人の“新米運転士”だけに1メートル以内の誤差は合格範囲だそう。しかし、問題なのは到着時刻で、所定時刻より49秒も早い。

 肩を落としたが、郡山駅のホームをバックに表示された「運転評価」は82点で「優」と判定された。しかし、ぎりぎりで獲得した「優」を眺めて「良かった」と胸をなで下ろしてしまったのは、劣等生だった大学時代の名残であろう…。

 これに対し、新館効果で「全優」のような好調ぶりなのが鉄道博物館の入館者数だ。新館がオープンした今年7月5日から8月末までの入館者数は26万300人と前年同期より43・6%増の大きな伸びを記録した。宮城館長は「近年は年間入館者数が80万人程度で推移してきたが、2018年度は前年度より28%増の110万人を目指す」と鼻息が荒い。

鉄道博物館に7月5日開業した「南館」という名称の新館=9月10日、さいたま市大宮区(筆者撮影)

 【鉄道博物館】「てっぱく」の略称で親しまれ、京都鉄道博物館(京都市)とともに日本の二大交通博物館となっている。JR東日本の公益財団法人が運営。展示車両数は41両あり、1872年に新橋―横浜(現桜木町)間で日本最初の鉄道が開業したのに伴って英国から輸入された蒸気機関車(SL)などは国の重要文化財に指定されている。入館料は大人1300円、小中高生600円、幼児300円。開館時間は午前10時~午後6時(最終入館は午後5時半)で、休館日は毎週火曜日。