医療的ケア児の通学 保護者送迎 危険と隣り合わせ

 たんの吸引や胃ろうによる経管栄養など医療的なケアが日常的に必要な子ども(医療的ケア児)の通学支援を保護者たちが求めている。その多くが車で送っているが、深夜のケアで睡眠不足だったり運転しながら子どもの状態に気を配ったりして危険と隣り合わせ。保護者が病気などで運転できない時は学校を欠席せざるを得ない。県内外の自治体で少しずつ支援の動きが広がっている。

 ■睡眠不足で運転 たまる疲労

 長崎県長崎市岩屋町の仰木真樹さん(48)は毎朝、車を約40分運転して、長崎市桜木町の県立長崎特別支援学校に小学部2年の4男(7)を送っている。4男は重度の脳性まひで体が不自由。難治性のてんかんも抱え、胃ろうのチューブから水分や栄養を取っている。

 13日朝、市内の有料道路。助手席で4男の頭が斜め前に大きく傾いた。「頭がカクンとなったよ。顔を上げてね」。仰木さんはそう声をかけてハンドルから左手を放し、4男の頭を抱えて元の位置に戻す。

 「息子の方にちょっと目をやった後、前を向いたら車が迫っていて、急ブレーキを踏んだこともある。通学は有料道路も使うので脇に止めるような場所もなく、危ない」と仰木さん。「今、息子の体調は良いが、昨年5月までは夜中に何回も無呼吸状態になって(血液中の酸素量を計る)パルスオキシメーターのアラームが鳴るので、私も毎晩10回ほど起きていた。睡眠不足のまま車で送っていると頭がフラッとなったこともあった」と言う。

 たんの吸引などが必要な同学年の別の男児(7)の母親(36)は昨年5月中旬以降、車での送迎が困難になった。入学当初は学校を楽しみにしている男児のため、3歳の妹と生後2カ月足らずの妹も車に乗せ、毎日片道1時間の道のりを運転した。しかし、出産して間もない時期。目まいがしたり、冷や汗をかいたりと体調が優れず、疲労がたまっていった。

 ある日、男児を送って帰宅途中、渋滞に巻き込まれた。「ここで私がもっと具合が悪くなって運転できなくなったら、子どもたち(2人の妹)はどうなるだろう」。不安に駆られてパニック状態になり、血の気が引いて震えが止まらなかった。何とか自宅にたどりついたが、1年時はそれ以降、祖父が週1、2回送り、あとは欠席せざるを得なかった。

 同校にはスクールバスがあり、朝は介助員2人が同乗する。長崎市松山町の県営野球場を出発し、子どもたちを乗せながら約1時間で到着。だが県教委の基準や要綱では、安全の確保上、医療的ケア児は原則対象外だ。ただ車内でケアが必要ない場合などは、主治医の意見も参考に校長の判断で利用できる。
 長崎県教委によると、長崎県内には医療的ケアを実施している県立特別支援学校が7校あり、訪問教育の18人も含め医療的ケア児(てんかん発作時の座薬挿入が必要な子ども含む)が今年5月現在、132人在籍。このうち4校がスクールバスを運行し、通学するケア児86人のうち25人が、このバスを利用している。

 仰木さんは「私の息子も交渉次第でバスを利用できるかもしれないが、万が一に備え看護師が同乗していないと安心できない。渋滞がひどいと1時間以上かかることもあり、体勢が崩れても自分で元に戻せない息子のストレスも心配」と話す。

 長崎県教委はスクールバスへの看護師の同乗について「具体的な検討はしていない」とする。一方、平戸市が今年4月、ケア児への通学支援に乗りだした。

自宅を出発前、助手席の4男の体勢を整える仰木さん=13日午前8時17分、長崎市岩屋町

 ■平戸市、バスに看護師同乗 普通に通学 望んでいい

 18日午前7時25分ごろ、長崎県平戸市の平戸大橋公園前のバス停で、県立佐世保特別支援学校中学部1年の女子生徒(13)と母親(44)がマイクロバスを待っていた。生徒は気管切開をしている。到着したバスから顔を見せた看護師が「お変わりないですか」と尋ねると、母親は「大丈夫です」と答え吸引器が入ったバッグを手渡した。「行ってらっしゃい」。生徒が乗り込んだバスは、佐世保市内の同校に向けて出発した。

 このバスは平戸市が2016年度から通学支援事業として、保護者がさまざまな理由で同校まで送迎できない児童生徒を対象に運行。委託を受けた民間事業者がバスを走らせ、同市社会福祉協議会のヘルパーがそれぞれの子どもに付き添う。登校時は午前7時20分ごろ、同市観光交通ターミナル付近を出発し、途中、子どもたちを乗せながら約1時間で同校に到着する。

 今年4月からは新たに看護師や准看護師が毎日交代で1人ずつバスに乗り込む。小学部では自宅で訪問教育を受けていた女子生徒が、中学部では学校の勧めや本人の意欲で通学することになり、車内でたんの吸引などが必要になることが想定されたためだ。看護師らは4月に同乗を始める前、生徒の主治医の下でケアの研修を受けた。これまで緊急対応が求められるケースはないという。

 生徒が通学を始めて約半年。母親は「以前と比べて自分から人前に出るようになった。同級生と競争する意識も出てきて、学校での出来事を楽しそうに話す」と笑顔で語る。

 県外でも通学支援に取り組む自治体はある。

 大阪市は15年度から、気管切開をしている子どもが市内四つの府立特別支援学校に登下校する際、介護タクシーを利用する事業に取り組んでいる。主治医の許可を得て保護者は付き添わず、看護師が同乗する。1人年間120日まで利用でき、現在23人が利用。児童生徒側の費用負担はない。ただ看護師は、勤務時間が短いことや夏休みのような長期休暇時は仕事がないことなどが影響し、確保が難しいという。

 東京都も本年度、医療的ケアが必要な子どもが通う特別支援学校全18校を対象に、看護師が同乗するケア児専用の通学車両の導入に取り組み、今月20日、8校でスタートした。

 長崎市桜木町の県立長崎特別支援学校に4男(7)が通う仰木真樹さん(48)は、ケア児の保護者や支援者でつくる「県障害児・者と家族の生活を支える会」の会長も務め、今年7月、同市に通学支援を要望した。「障害のある子どもは遊園地や公園で遊べないなどさまざまな面で制限がある中、せめて健常児と同じように普通に通学することは望んでもいいのではないか。自治体が柔軟に考えて取り組んでほしい」と話している。

平戸大橋公園前バス停を出発する通学支援事業のバス=18日午前7時29分

 ◎ズーム/障害者の通学支援

 障害者総合支援法に基づく重度訪問介護などでの移動支援は、「通学」を対象外としている。一方、同法の地域生活支援事業は市町村の判断で「通学」を移動支援に含めることを禁じていない。長崎県教委によると、長崎県内では2017年9月現在、21市町のうち8市町が特別支援学校への通学支援に取り組んでいる。県外では同法とは別に自治体独自の通学支援事業を設けているところもある。文部科学省の2016年5月の調査では、公立特別支援学校に通う医療的ケア児5357人のうち約65%が、保護者が登下校に付き添っていた。

 


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