「安全な空を」親心同じ  部品落下の宜野湾・緑ヶ丘保育園 保護者、名護で意見交換

 【名護】昨年12月に沖縄県宜野湾市の緑ヶ丘保育園に米軍機の部品カバーが落下した問題について、同園の保護者らでつくる「チーム緑ヶ丘1207」と名護市などに暮らす母親たちが22日、名護市瀬嵩で意見を交わした。約20人が「子どもたちの空を守ろう」と落下事故の経緯を共有し、米軍事故を防ぐための行動を県内に広げる必要性を確認した。米軍普天間飛行場の移設先とされる名護市で、チーム緑ヶ丘1207が部品落下事故を語ったのは初めて。同飛行場と隣り合わせで暮らす自らの経験を母親の立場で伝えたいとして企画された。 緑ヶ丘保育園に子どもを通わせる宮城智子さん(49)、与那城千恵美さん(45)、園長の神谷武宏さん(56)が事故からこれまでを振り返り、園上空の米軍機飛行の禁止や原因究明を政府などに要請してきたことを報告した。

 宮城さんは「(要請に)政府は冷たく、お決まりの対応だった」と涙を浮かべた。普天間飛行場に隣接する宜野湾市立普天間第二小学校に米軍ヘリの窓が落下したことを受け、沖縄防衛局がカメラを設置し、避難所を作ったが、「飛行を前提とし、全く解決にならない」と批判した。

 「一報を聞いた直後、園に通う娘を思い、頭が真っ白になった。体が震えた」。そう語った与那城さんは事故後、基地のそばの暮らしは危険との隣り合わせだと痛感した。「生まれ育ちも宜野湾で、それまでの生活に違和感を持たなかった。事故でその魔法が解け、理不尽だらけな現状に気付いた」とした。2人の話を聞き、涙ぐむ参加者もいた。

 報告を聞いた名護市瀬嵩の東恩納ちえ子さん(45)は「部品落下から約10カ月後の今も、米軍機の飛行は続く。安全な空を目指し、諦めないためにも緑ヶ丘とつながりたかった。同じ思いは二度としたくないし、させたくない。沖縄のお母さん全体の行動へとつなげたい」と語った。

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