熊本を日本一の「マンガ県」に 才能発掘へ拠点作り ジャンプ“伝説の編集長”も

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「週刊少年ジャンプ」が最も売れていた時代に編集長を務め、今は漫画の「絶対的価値」を地方から追求しようと挑戦する堀江信彦氏=14日、熊本市中央区
年代やジャンル別に約1万5千冊を展示する合志マンガミュージアム。橋本博館長は「熊本をマンガ県に」と訴える=合志市
熊本市在住の漫画家・高浜寛さんと作品。「ニュクスの角灯(ランタン)」は文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞した=熊本市東区

 漫画は今や、日本の魅力を海外に発信するクールジャパンの柱の一つ。「manga」は欧米でも通じる。漫画は平成時代に大きく発展し、“バブル”も到来。次々とドラマや映画の原作にもなるなど市民権を得た。その漫画、熊本とは浅からぬ縁がある。

 ドラゴンボールやスラムダンクなどの人気漫画を擁した「週刊少年ジャンプ」が、最高部数の653万部を記録したのは1994(平成6)年末。当時、編集長は熊本市出身の堀江信彦さん(63)=現コアミックス社長=だった。「電車の中はジャンプを読む人だらけ。バブルだったね」と振り返る。

 国内漫画市場のピークもこのころ。全国出版協会によると、コミック誌とコミックスの推定販売額は95年に最高の5864億円を記録している。

「漫画ばっかり読んでないで、勉強しなさい」。多くの人が子どもの時に親から言われ、大人になってからは子どもに言った言葉だろう。平成の漫画“バブル”を支え、進化させてきたのは…。

 昨年7月に合志市にオープンした合志マンガミュージアムの橋本博館長(70)は「漫画市場の拡大を支えたのは、団塊の世代(現在70代前後)から団塊ジュニア世代(同40代半ば)だった」と指摘する。

 子どもの頃に漫画を読みふけった団塊世代は、大人になっても抵抗感なく青年漫画誌を手に取り、その子ども世代も少年誌に熱中したと言う。

 そんなバブルも終わりを迎える。

 2006年に5千億円を割り込んだ市場はしぼみ続け、17年には95年の半分以下の2583億円まで縮小。発行部数も5億8206万冊と、ピーク時の3分の1以下だ。「少子化が最大の要因だが、携帯電話の普及も見誤った。漫画を読むのに使う空き時間を携帯に奪われた」。「週刊少年ジャンプ」の元編集長堀江信彦さんは唇をかむ。

 一方で、紙媒体に代わる電子媒体の漫画市場は伸びている。市場規模は14年の推定887億円が、17年には2倍の1747億円に拡大。平成の終わり、漫画はまさに過渡期だ。

 熊本市在住の漫画家の高浜寛[かん]さん(41)は「漫画の市場が縮小していると言われるが、クオリティーの高い漫画は必ず残る。悲観はしていない」と言い切る。独自の作風でフランスでの評価も高い高浜さん。明治時代に西洋から入ってくる新しい文物との出会いを鍵に、少女の成長を描く物語「ニュクスの角灯(ランタン)」では、第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞を受賞した。

 「最近は誰かから聞いたような話をただ漫画にしているような作家もいるが、シナリオが面白ければ、紙でも電子でも漫画は読まれる」と高浜さん。堀江さんも漫画の「絶対的価値」を追求すべく、熊本市や高森町に新たな才能を発掘する拠点作りを進めている。

 熊本は、「ONE PIECE」の尾田栄一郎さんや、「すすめ‼パイレーツ」の江口寿史さんをはじめ数々の有名作家を生んだほか、漫画評論家の故・米澤嘉博さんや漫画研究者の藤本由香里明治大教授といった人材も輩出した。橋本さんは「平成の次の時代には、熊本を『日本一のマンガ県』にしたい」と夢を語る。(社会部・太路秀紀)

(2018年9月24日付 熊本日日新聞朝刊掲載)