メリット以上にデメリットが多かったタッチパネル式の電子投票。全国で実施数ゼロへ

9月13日に青森県六戸町の町議会はある条例改正案を可決しました。それは今まで実施していた町長選や町議会選での「電子投票」を休止するというものでした。この六戸町の決定により、電子投票を実施する自治体はゼロになりました。電子機器で候補者を選択して投票するという電子投票がなぜ、投票用紙に鉛筆で記載して投票箱に入れる従来の形式に敗れたのでしょうか。今回はその大きな原因となった2003年可児市議会選の事件を紹介します。

日本における電子投票

電子投票とは、投票所に設置されたタッチパネルなどの電子機器で投票を行うもので、日本における電子投票の歴史は、2002年2月に「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律」という法律が施行され、スタートしました。この法律は地方自治体の議会選や首長選では、その自治体が条例を定めることによって、電子投票を行ってもよいというものです。

電子投票のメリットは様々なものがあります。例えば、無効票やどの候補者に投票したか分からない疑問票を大幅に減らせるというものがあります。そして、極めて大きなメリットとしては、開票作業の時間を劇的に短縮できるというものがあります。例えば、前述した六戸町では今まで約1時間かけて行っていた開票作業が20分程度で終わらせることに成功しています。

一方、電子投票のデメリットも様々なものがあります。例えば、電子投票は従来の投票方法より、莫大なコストがかかるというものがあります。当初、多くの自治体が導入すれば、コストも下がると考えられていました。しかし、実際は導入する自治体が極めて少なく、コストを下げることができなかったのです。また、電子投票のセキュリティの問題もあります。海外のある実験では外部からの攻撃者によって投票結果を改ざんさせることが可能であるという結果も出ています。さらに、選挙当日に機器のトラブルがあった場合、選挙の執行に多大な影響を与えるという危険性もあります。そして、この日本において電子投票が普及しなかった大きな原因の一つは、この機器のトラブルでした。投票機器がトラブルを起こしたことにより、選挙そのものが無効になってしまった例があるのです。

2003年可児市議会選の機器トラブル

2003年7月に岐阜県の可児市議会が電子投票の形式で行われました。これは日本では5例目の電子投票であり、東海圏では初の電子投票でした。しかし、投票日に思わぬトラブルが発生しました。それは市内29ヶ所の全ての投票所で突如、投票ができなくなるという重大なトラブルでした。このようになった原因は各投票所に設置されていた投票データを記録する装置が過熱したため、投票機が投票を受け付けなくなったためでした。このため、急遽、扇風機や投票所によってはうちわを使って冷やすなどして対応したものの、短いところでは10分、長いところでは1時間15分も投票をすることができませんでした。このような投票機器の故障により、どの投票所でも行列が生じ、投票所によってはしびれを切らして投票をあきらめた有権者もいました。このようなトラブルが起きてしまったのは、可児市が事前にサーバーや投票機などの長時間接続実験をしていなかったためです。実際の投票でこのような事態になることが予想できていなかったのです。

この機器トラブルは投票の中断というだけではなく、選挙結果にも影響を及ぼしました。機器異常により、投票済みの有権者に再投票させてしまったため、12票が二重投票となっていました。逆に8票は投票したにもかかわらず、そのデータが保存されていなかったため、集計から漏れてしまいました。このほか、4票の誤りがあったため、合計24票に影響を及ぼしてしまったのです。

選挙無効となる

このトラブルを受け、次点で落選した候補者や一部の住民が投票中断が有権者の棄権につながり、選挙が適正に行われなかったなどとして、選挙の無効を訴えました。これに対し、可児市や岐阜県の選挙管理委員会は多数の棄権者を生じさせたものではないとしたこと、最下位当選者と次点の差は35票もあることを挙げ、選挙結果に変化を及ぼすおそれはないとして、却下しました。この結果に不服を持った住民グループは裁判に訴え出ることにしました。その結果、最終的に最高裁にて、票の集計に誤りがあったこと、無視できない数の有権者が投票所を訪れることができずに投票できなかったことも推測できるとして、選挙は無効であるとの判決が下されたのです。

この選挙無効により、可児市議会選はこのときの選挙以外で選ばれた議員を除いて、やり直しになりました。しかし、単にこの判決は選挙のやり直しだけでは終わらなかったのです。市は電子投票機器のメーカーやレンタル業者に対して、損害賠償を要求しました。最終的にレンタル業者はやり直しの市議会選にかかった費用の約6,500万円を支払い、電子投票機器のレンタル費用の約2,000万円を請求しないこととなりました。そして、機器メーカーは1,600万円を市に「寄付」することになりました。これにより、業者側は合計で約1億円もの損をしたこととなったのです。

この可児市議会選の選挙無効はその後の電子投票の導入の流れに大きく水を差すこととなりました。この選挙無効判決以降、問題点を解決した手法が主流となったものの、結局、この選挙無効のリスクや前述した様々なデメリットから、電子投票は普及せず、ついに電子投票を実施する自治体はゼロとなってしまったのです。

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