日産 ノート e-POWER NISMOに高性能版”S”が追加設定される理由とは
日産は、人気コンパクトカー「ノート」のスポーツカスタムモデル「NISMO(ニスモ)」シリーズのひとつ、”e-POWER NISMO”に、モーター出力やトルクを大幅に向上させた高性能版「ノート e-POWER NISMO S」を新たにラインアップし、2018年9月25日より発売する。
もともと幅広いグレード展開で人気を集める日産ノートシリーズで、更なるラインアップ拡充を図る目的とは。発売されたばかりのノート e-POWER NISMO Sを速攻試乗してくれたのは、国内自動車メーカーの販売事情にも明るい自動車評論家の渡辺陽一郎さんだ。今あえて高性能版”S”を追加設定する理由とは。ノート e-POWER NISMO Sの詳細を解き明かしていく。
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日産の国内向け開発工数の多くはノートへ集中投入されている!
日本市場において新型車の少ない日産だが......
最近は各自動車メーカーともに、新型車の発売が滞りがちだ。2018年6~8月は新型車の発売が相次いだが、もはや大半は出尽くした印象がある。しかもこの時期に新型車を1車種も投入しなかったのが日産で、2018年の目立った動きは、リーフに60kWhのリチウムイオン電池を搭載するグレード追加だけらしい。
日本の市場規模や将来性を考えると、新型車を積極的に発売してもメリットが乏しいという考えだが、日本のユーザーとしては不満だ。「日本産業」に由来する社名を掲げ、少なくとも1970年代の前半までは、日本のユーザーを相手に商売をして育てられた。この経緯を忘れて儲かる海外だけに注力するのは、企業イメージとして好ましくない。
海外のユーザーにとっても、日産が国内を軽んじるのは、快く思わないだろう。例えばメルセデス・ベンツやフォルクスワーゲンが、ドイツ国内では新型車を全然発売せず、海外向けばかり開発していたら読者諸兄はどう思われるか。日本におけるブランドイメージも下がってしまう。
このように今の日産は褒められた状態ではないが、割り切って考えると別の活路も見えてくる。
ノートへの開発力集中にはどんなメリットがある?
2018年1~8月の国内販売順位は、トヨタ、ホンダ、スズキ、ダイハツに続いて5位だ。全般的に設計の古い車種が目立ち、キューブやマーチには緊急自動ブレーキも装着されない。そうなると選ぶ価値のあるコンパクトカーはノートに限られる。これをいかに魅力的な商品に仕立てるかが重要で、開発力を集中させると、面白い商品が生まれることもある。
そのひとつが2018年9月25日に発売された「ノート e-POWER NISMO S」だ。
既存の「e-POWER NISMO」と「e-POWER NISMO S」の共通点と違い
NISMOは日産のモータースポーツを手掛ける”ニッサンモータースポーツインターナショナル”の略称とされる。企業の名前でもあるが、今はNISMOが一種のブランドになった。日産車にチューニングを施したコンプリートカー(販売店で購入できる完成された市販車)のNISMOを開発するのは、日産の特装車を手掛けるオーテックジャパンの「NISMO CARS事業部」になる。
一般に市販されるNISMOの名称を冠したコンプリートカーは、2013年のジューク NISMO以来、品揃えを増やしてきた。ノート NISMOと専用の1.6リッターエンジンを搭載するノート NISMO Sは2014年に設定されている。2016年12月にはノート e-POWER NISMOも加わり、これをベースに動力性能を高めたのが今回追加設定されたノート e-POWER NISMO Sだ。
内外装や足回りは基本的に共通
まずノート e-POWER NISMOとe-POWER NISMO Sの共通点は、内外装とボディや足まわりのチューニングだ。
外観ではフロント&リアバンパーがNISMOの専用設計で、サイドシルプロテクター、ルーフスポイラー、NISMO専用アルミホイールや専用マフラーなどが装着される。
内装ではレッドのセンターマークを備えた本革/アルカンターラ巻きのステアリングホイール、専用アルミ製ペダル&フットレスト、専用スエード調のスポーツシートも装着した。さらにオプションでNISMO専用チューニングのRECARO製スポーツシート(前2席)も選べる。
そしてボディは、車両の土台に相当するプラットフォームの底面部分を補強した。底面の左右方向に(進行方向とは直角に)、フロントクロスバー、テールクロスバー、フロントサスペンションメンバーステーを配置する。排気管が通るトンネルも前側と中央をステーで補強した。リアサスペンションにもメンバーステーを備える。
足まわりも異なり、リアスプリングのバネ定数、前後のショックアブソーバーの減衰力、フロントスタビライザーのバネ定数は、いずれもe-POWERのNISMO専用で硬めに設定された。キャンバー角度もネガティブ化している。
モーター出力を25%も向上、スポーツカー並みの高性能を手に入れたe-POWER NISMO S
今回新設定されたノート e-POWER NISMO Sでは、動力性能をさらに強化した。
発電機を作動させるエンジンの最高出力は、ノート e-POWER NISMOでは標準のノート e-POWERと同じで79馬力だが、ノート e-POWER NISMO Sは83馬力と性能を向上させている。さらにモーターの最高出力も同様にベースの109馬力から136馬力、最大トルクは25.9kg-mから32.6kg-mにと、それぞれ125%前後まで大幅に強化された。
この動力性能は、エンジン/モーターともにミニバンのセレナ e-POWERと同等だ。ちなみに電気自動車のリーフとモーターの性能を比べると、最大トルクの数値は同じだが、最高出力は14馬力ほどノート e-POWER NISMO Sが下まわる。
駆動用リチウムイオン電池のセル数は、セレナは96だが、ノート e-POWER NISMO Sは標準グレードと同じ80だ。その代わりインバーターは内部素子が強化され、制御コンピューターも含めてノート e-POWER NISMO S独自に開発された。従ってエンジンとモーターの性能はセレナ e-POWERに近くても、そのまま単純に移植したわけではない。
またノート e-POWER NISMO Sの車両重量は1250kgだからベースのノート e-POWER NISMOと変更はなく、それでいて駆動力は大幅に高めているため、加速時の滑らかさが損なわれやすく、本来であれば車両の動きがギクシャク、ガクガクすることが予想される。そこで1万分の1秒単位でモーターのトルクをコントロールし、振動を打ち消す制振制御を採用した。
6種類に増えたドライブモード
このほかD/Bレンジ、ノーマル/S/エコのドライブモードを変更したことも注目点だ。
ノート e-POWERの標準グレードやe-POWER NISMO SのBレンジは、減速力を少し強める程度になり、使用頻度が乏しかった。主に使うのはDレンジで、Sとエコモードを選ぶことにより、アクセル操作によって速度を低速域まで自由に調節できる。
そこを新しいノート e-POWER NISMO Sでは、Bレンジでもノーマルに加えてSとエコモードの切り換えが可能になった。BレンジのSモードでは、加減速が最も活発で、エンジンの作動時間を長引かせることで発電力も高める(その代わり燃費は悪化する)。Bレンジのエコモードは雪道用で、駆動力の微調節を容易にした。このようにノート e-POWER NISMO S専用の制御は意外に多い。
ノート e-POWER NISMO Sの価格は267万1920円(消費税込、以下同)だ。ノート e-POWER NISMOに比べて18万3600円高いが、メーカーオプションのLEDヘッドランプ(7万5600円)を標準装着したから、e-POWERシステムの強化に支払われるのは10万8000円と換算される。性能の向上やBレンジ+Sモードといった制御の違いも含めると、ノート e-POWER NISMO Sは割安な価格設定だと判断できる。
もはや3リッター車並み! ノート e-POWER NISMO Sの高性能を堪能
概要が分かったところで、いよいよノート e-POWER NISMO Sの試乗だ。今回はテストコース内のみで試乗を行っている。
ノート e-POWERの標準グレード、あるいはノート e-POWER NISMOでも、発進時の動力性能は十分と感じさせるが、ノート e-POWER NISMO Sはそれ以上に力強い。最もパワフルなBレンジのSモードを選ぶと、アクセルペダルを30%程度踏み込んだ程度でも、高い駆動力が瞬時に立ち上がる。これは反応の素早いパワフルなモーター特有の加速感だ。
ノート e-POWERの標準グレードやノート e-POWER NISMOの動力性能は、ノーマルタイプのガソリンエンジンに当てはめると2.5リッタークラスだが、ノート e-POWER NISMO Sはもはや3リッタークラスに匹敵する。ノート e-POWER NISMO Sの車両重量は1250kgに収まるから、加速の立ち上がりは相当に機敏だ。
発進後もアクセルペダルを踏み続けると、速度は直線的に上昇していく。一般的にモーター駆動の場合、その特性として高回転域になると速度上昇が鈍るが、ノート e-POWER NISMO Sは少なくとも法定速度の範囲ではこの不満が生じない。停車状態から時速100キロに達するまでの加速タイムは8秒以下で、ノート e-POWER NISMOに比べて1.7秒短縮された。
フル加速の最中は、発電用1.2リッター3気筒エンジンが、ノート e-POWER NISMOとは違う回り方をする。高い出力とトルクを発生させるため、エンジン回転も高めて発電能力を向上させるから相応に騒々しい。「ここまで回るのか」と思うが、加速に見合ったノイズだから不快ではない。
6種類も用意されたドライブモードの使い方を解説
ノート e-POWER NISMOの4種類に対し、6種類に選択肢を増やしたノート e-POWER NISMO Sのドライブレンジ(シフト)とモードの使い方について紹介しよう。
市街地や高速道路の巡航では、Dレンジでエコモードを選ぶと良い。燃費性能を向上させる走り方が行えて、アクセルペダルを戻すと同時に回生充電が積極的に開始されるから、ブレーキペダルを使わずに速度を自由に調節する走りも味わえる。
峠道などを積極的に走る時は、DレンジでSモードを選ぶ。ノート e-POWER NISMO Sならではのスポーティな運転感覚を満喫できる。
そしてフルパワーを発揮させる時は、積極的に発電アシストを用いるBレンジのSモード(今回新設定された)を選択するのが最適な使い方だ。
優れた走行安定性と快適性が高次元に実現される
ノート e-POWER NISMO Sの足まわりの設定や走行安定性は、前述のようにノート e-POWER NISMOと共通だ。タイヤサイズは16インチ(195/55R16)で、銘柄はヨコハマ DNA Sドライブが装着される。指定空気圧は前輪が230kPa、後輪が210kPaで常識的な範囲に収まる。
走行安定性はバランスが良く、4輪のグリップ力を上手に高めた。それでも優先させたのは後輪の接地性で、危険を回避するために下り坂のカーブでアクセルペダルを戻したりブレーキペダルを踏む操作をしても、挙動を乱しにくい。
また高い駆動力を与えた状態でカーブに入り、同様の操作をした時も安定性が下がりにくい。このようにノート e-POWER NISMO Sは動力性能が高い割に、運転が難しくなる欠点を抑えた。
カーブの手前でハンドルを切り込んだ時の反応も、軽快とはいえないが、鈍さを感じさせず自然な印象だ。後輪の接地性を優先させた上で、適度に良く曲がる運転感覚は、安全性を優先させる今日のトレンドになる。
乗り心地は少し硬いが、路面の段差など大きなデコボコはしなやかに吸収する。快適性まで含めてバランスが取れている。
良く出来たボディ補強と足回り、いっそ標準のノート e-POWERにも欲しい
ノート e-POWER NISMO Sのボディ補強と足まわりは、スポーツモデルではないノートe-POWERの標準グレードにもぜひ施して欲しい。その理由だが、標準グレードのe-POWERを運転すると、1.2リッターのノーマルエンジン車に比べて、ボディが200kg近く重いことを意識させるからだ。乗り心地はボディが重い分だけ粗さが抑えられる傾向にあるが、標準グレードの走行安定性は限界に近い。NISMOと同様のボディチューニングを施し、サスペンションは乗り心地を重視した設定にすると、安定性と乗り心地を高い次元でバランスできる。
冒頭で触れたとおり、今の日産は車種の数を実質的に減らしている。コンパクトカーはノート、ミニバンはセレナ、SUVはエクストレイルしかないのとほぼ同じ状態だ。そう割り切るのであれば、いっそ各カテゴリーで商品力のナンバーワンを目指したい。特に日本のクルマが手を抜きやすい走行安定性と乗り心地で1位を目指す。
昨今の日産はノートがコンパクトカーの販売1位だと宣伝するが、ひとたび他メーカーから新型車が発売されれば、イッキに追い越される可能性も高い。走行性能と乗り心地をしっかりと造り込み、宣伝文句で終わらない「技術の日産」を確立させるべきだ。少なくともノート e-POWER NISMO Sと、ノート e-POWER NISMO Sではそれが出来ている。
あとは日産に、国内市場に対する思い入れがあるか否かだ。
[レポート:渡辺 陽一郎/Photo:茂呂 幸正]