【世界最強磁石を支える「鉄」】〈ノーベル賞有力候補・佐川眞人大同特殊鋼顧問に聞く〉「鉄レアアース」時代到来へ 豊富で身近な「鉄」の可能性追求

 1グラムの磁石で3キログラムの鉄を持ち上げられるという世界最強の磁力を持つ「ネオジム・鉄・ボロン」(Nd―Fe―B)永久磁石。ロボット、EV化の進展により今後大きな成長が見込まれる「磁石」だが、その可能性を支えているのは「鉄」。超高性能磁石の発明者であり、ノーベル賞が有力視される佐川眞人大同特殊鋼顧問に「鉄」と「磁石」の密接な関係や鉄の魅力、今後到来する「鉄レアアース時代」への道筋などを聞いた。(片岡 徹)

――自動車の電動化や自動運転、産業用を含めたロボット開発の進展を背景に、ネオジム磁石に対する注目度はますます高まっています。

 「自動車でいえば、現在のHV1台に搭載される磁石は約1キログラム。これがEVになると1・5~2キログラムに増える。自動車の電動化が進むほど磁石需要も増える。また産業用ロボットでもコンピューターの高性能化に伴って制御技術が高度化しており、これも高性能磁石の需要増につながる。2050年には現在の10倍以上(年間100万トン超)の需要規模になるとみている」

大同特殊鋼・佐川顧問

――発明したネオジム・鉄・ボロン焼結磁石には、主要な金属元素として「鉄」が入っています。

 「本多光太郎博士によるKS磁石鋼の発明以降『高磁力=コバルト』と研究者は思い込んでいた。しかし、鉄が持つ磁力はコバルト1・6に対して2・2と鉄の方が強い。私は鉄が持つこの可能性を生かして強い磁力を持つ磁石を作れないかと考え続け、実現した」

 「また鉄は非常に豊富に存在する資源で、人間とのなじみも深い。身近にある素材、資源を使って社会に貢献する磁石を生み出したい、といつも考えていた」

――その考えを実現できる手掛かりをどうつかんだのか。

 「1978年にあるシンポジウムで浜野正昭氏の講演を聞いた。浜野氏は『レアアースとコバルトを組み合わせた材料が磁石となり、鉄とレアアースを組み合わせた材料は磁石にならない』ことの説明を簡潔にしてくれた。鉄とレアアースの結晶中では『鉄の原子間距離が小さ過ぎる』ために磁石にならない、とのことだった。私はこれに大きな着想を得た」

――どのような着想ですか。

 「それなら原子半径の小さいことで知られる炭素やボロンを添加すれば、鉄の原子間距離を広げられるのではないか、と。早速、翌日から研究を開始。新たな化合物であるNd―Fe―Bを発見し、その研究のために住友特殊金属で本格的に取り組んだ。同社の研究チームは非常に優秀で、研究開始後、数カ月でそれまで最強磁石だったサマリウム・コバルト磁石を抜く高性能磁石の開発に成功した。また量産化技術も3年程度で完成し、85年には量産を開始した」

――佐川顧問から見た「鉄」の魅力とは。

 「何といっても地球上にある資源としては実に豊富であるということ。また石器時代・青銅器時代を経て、鉄器時代は非常に長く続いている。それほど人々の暮らしになくてはならないのが鉄。今、世界は『シリコン時代』といっているが、今後20~30年で間違いなく『鉄レアアース時代』がやってくる。磁石と共に再び鉄が脚光を浴びるだろう」

――『鉄レアアース時代』到来の根拠は。

 「シリコン時代は主にコンピューターの発達によるもの。これによりものづくりや社会生活、金融取引などあらゆるものが高速で効率的にできるようになった。これからは自動車をはじめ、ロボットがさらに生活に深く関係してくる。ドローンや家電品などの高度化もある。つまり手足・羽根といった末端部分の機械化・ロボット化が大きく進歩する。そこでの主役はやはり『鉄レアアース磁石』だ」

――大同特殊鋼の磁石事業をどう見ているか。

 「コスト競争力を付けることが足元の課題。大学の博士課程などからの採用も積極的に行っており、人材の確保、育成にも問題はない。また、入山恭彦大同特殊鋼技術開発研究所理事による『サマリウム・鉄・窒素』磁石も形状自由度が大きくて、今後ますます需要増大が期待できるボンド磁石の主役として活用拡大が期待できる。多様な磁石を商品アイテムに持つ大同特殊鋼グループ(主にダイドー電子)の磁石事業は、今後も躍進が期待できる」

――磁石需要が伸びる中で、同時に考えていかなければいけない全体の課題は。

 「まず、レアアースとして同時に採掘されるセリウムなどの活用拡大が課題になるだろう。高性能磁石が伸びればネオジムなどの需要も増え、他のレアアース資源とのバランスが不安定になる。また磁石のマテリアルリサイクルも課題になる。現在、各方面で研究が続いており今後の成果に期待したい」

© 株式会社鉄鋼新聞社