乗客には気づかれない謎のカーブ

©一般社団法人共同通信社

(上)カーブする線路の右上が高勝寺 (下)カヤの木の脇を疾走する京王相模原線

 東京郊外、多摩ニュータウン住民の足として建設された京王相模原線(調布―橋本22.6キロ)は、踏切や急なカーブ、勾配がなく乗り心地の良い高速鉄道だ。住宅地は高架、小高い丘はトンネルで抜け、10両(または8両)編成の電車が最高時速100キロ以上ですっ飛ばす。

 そんな理想的な高規格の路線に、地図には描かれない、乗客にも決して気づかれない“謎の”カーブがある。稲城―若葉台のちょうど中間地点、真言宗の古刹、高勝寺(稲城市坂浜)の脇を通過する際、わずかに境内地をよけるように北西側に曲がるのだ。

 種明かしをすれば、本堂の裏に立つカヤの巨木を守るため、この付近だけ3メートルほど線路を横にずらしたのだ。最初から配慮することが決まっていれば、わずかとはいえカーブさせる必要はなかったが、工事が始まった後に木への影響を懸念する声が出て、ずらすことを決断したのだという。開通は1974年である。

 カヤは常緑の堅い木で、建築や彫刻、碁盤や将棋盤にと用途は多い。稲城市の調査では、このカヤは高さ約25メートル、胸高周囲6.3メートルで、都内では最大級、全国でも12番目という巨木だ。樹齢は750年とも1000年とも言われ、東京都の天然記念物に指定されているが、過去何度も落雷の被害に遭って上部を失い、それでも5本の支幹が力強く四方に伸びている。

 線路をずらしたとはいえ、すぐ近くを深く掘り込んでコンクリート擁壁を設けたため、地中の水の流れが変化したのだろうか、その後樹勢の衰えが目立つようになり、80年代末から関係者の手で養生が始まった。根元を踏み固めないよう保護柵を設け、樹木全体をネットで覆って風雨や直射日光を和らげ、支幹は支柱で支えた。

(上)長年境内を見守ってきたカヤ (下)秋口には香りのする実をたくさん付ける

 それから約30年が経過。最近になって見事に樹勢を盛り返し、元気になってきた。くたびれた防護ネットも取り払われ、この9月に訪れたときには、たくさんの緑色の実を地面に落とし、柑橘系に似た独特の芳香を周囲に発していた。

 さて、電車の乗り心地からは全く分からない線路の曲がりだが、実は運転席の後ろに立って前面を見ていると、しっかり確認できるからおもしろい。現在の京王電鉄の運転士のみなさんはこうした経緯を意識されているだろうか。地域の歴史をずっと見守ってきたご霊木だ。これからも大切にしたい。

 ☆篠原啓一(しのはら・けいいち)1958年、東京都生まれ。共同通信社勤務。稲城市に転居してきた15年前、境内を散歩してカヤの木をすっぽりと覆うネットに気づいた時は心が痛みました。今ではこちらがパワーをいただいています。