カワサキZX-6Rをもとに大久保光が語るWSSマシン。ほぼノーマルの車体に搭載されるフルチューンエンジン

 市販車バイクの最高峰レースであるスーパーバイク世界選手権と併催されている市販車の600ccバイクをベースとしたマシンで争われるチャンピオンシップ、それがスーパースポーツ世界選手権(WSS)だ。今回は、WSSにフル参戦する唯一の日本人ライダー、大久保光に自身が駆るWSS参戦仕様バイクについてカワサキZX-6Rをもとにインタビュー。WSSの改造範囲や意外なレギュレーションが明らかになった。

 WSSは4気筒600cc、3気筒675ccの市販車をベースにしたマシンで争われるチャンピオンシップ。市販車の最高峰レースであるスーパーバイク世界選手権(SBK)よりも改造範囲の狭いレギュレーションのもと、行われる。

 大久保にインタビューを行ったのは、長いサマーブレイク明け初戦となる第10戦ポルトガルが行われたアウトドローモ・インターナショナル・アルガルベ。ホンダ系のチームで2シーズンを過ごした大久保は、WSSでの3シーズン目となる2018年、チームを移籍してトップチームのひとつであるカワサキ・プセッティ・レーシングからカワサキZX-6Rを駆って参戦している。

今季、カワサキ・プセッティ・レーシングからWSSにフル参戦中の大久保光

 カワサキZX-6Rは、水冷4ストローク4気筒DOHC4バルブのエンジンを搭載するスーパースポーツ。ベースとなるこの市販車をWSS仕様にするにあたってどこまで変更が許されるか大久保に聞くと、「基本的に、車体の改造はできません」という答えが返ってきた。

「ホイールやフレーム、スイングアームはノーマルでなければならないんです。カウルは軽量なFRP(繊維強化プラスチック)を着けてもいいことになっていますが、形状はあくまでも市販車のまま、というレギュレーションですね」

 また、ブレーキについてはパッドやディスク、レバーは交換可だが、キャリパーは交換不可。ほかに交換可能なのは、フロントフォークはインナーチューブのみ、リヤサスペンション、ステップ回り、ハンドルやステアリングダンパー、メーター回り…と、確かに制限されていない部分は多くない。

 さらに、フロントカウルにはヘッドライトのシールを貼らないければならないという。世界耐久選手権(EWC)のように夜間走行のないWSSは、ヘッドライトを備えない。その代わりにヘッドライトを模したシールが貼られている。SBKやWSSを見たことがあるファンならぴんとくる人も多いだろうが、これもレギュレーションのひとつだ。

 あくまでも市販車のレース、ということで外装についてのレギュレーションが特に厳しいのだろう。溝付きのピレリタイヤを履いてレースが行われているのも、そういった要因によるものだ。なお、電子制御に関しては、2019年から共通ECUの導入が決定している。

フロントサスペンションはインナーチューブのみ交換可
ヘッドライトのシール貼付はレギュレーションで定められている
装着するタイヤは溝付きのピレリタイヤ

 マシンの外観を市販車に沿ったものにというレギュレーションとなっている一方、エンジンに関しては大幅なチューニングが許されている。

「エンジンはほぼフル改造しています。マフラーもそうですね。エンジンのパワーはノーマルの市販車とは比較にならないくらい出ています。外装に比べてエンジン改造の自由度が高いので、ここにメーカーはもちろん、各チームの色が出ていると思います」

 大久保は昨年までホンダCBR600RRでWSSに参戦していた。今年から乗り替えたカワサキZX-6Rの強みについては、「パワーですね。トップスピードが速いです」と語っている。

 そのエンジンはシーズンで使用可能基数が決まっている。シーズン前のテストで決めたエンジンを登録し、以降はそのエンジンで戦い抜かなければならない。当然、ミッションもここで決まるため、レースごとにミッションを変えることはできない。

「なので、あまりエンジンは壊せないと言われています。ただ、ほぼフルチューンなので、壊れることもあるんです。僕の所属チームであるカワサキ・プセッティ・レーシングはいいチームなので少ないけれど、あまりよくないチームだと、けっこう煙が出ていますね。そういうところでチームの差が出ることもあるんです」

「車体の改造範囲が狭く、レギュレーションで縛られているからこそ、そういうことが起きたりします」

■セッティングではネジのトルクに至る細部まで調整

 改造範囲が大きく制限されているWSSのマシン。レースウイークにおいて、セッティングのポイントはどのあたりになるのだろうか。

「サスペンションは大事です。基本的にノーマルパーツが多くていじれませんから、そのなかでいかにいいところを出すか、がポイントなんです」

「あとはネジのトルクの強さを変えたりとかしますよ。危なくならない程度にですが、多少強くしたり弱くしたり。もちろんタイヤの空気圧調整もします。そういう細かいセッティングをしないといけないんですね」

 前述のとおりエンジンは登録されたものを年間通して使用するためミッションを変えることはできないが、その代わりスプロケットの変更で加速や最高速などを各サーキットに細かく合わせていく。いわゆる“ファイナルの変更”だ。

「世界各国のサーキットによって特色が違うので、どうしても(登録したミッションでは)合わない部分が出てきます。それをファイナルで合わせていくというセッティングをしていくんです」

「交換できるパーツが少ないとなると、そういう細かいセッティングが大きな差につながったりするんですよ」

 小さなセッティングを積み上げて各レースに合わせたマシンを仕上げ、レースに挑む。そんなWSSについて、大久保は「ライダーの仕事が多い」レースだと語る。

「マシンの限界が低いですから……Moto2のようにフレームを変えたり、根本的に変えられませんから。あくまでもメーカーが造ったバイクがベースです。あとは、そのバイクに人間がどうアジャストするのかが大事なんです。物にあまり頼れません。僕はそういうレースが好きなんです」

 大久保が駆るカワサキZX-6RのWSSマシンはこうした制限のなか、細かいセッティングを重ねることによって造り上げられていた。ライダーの順応力がより必要されるマシンだと言えそうだ。

大久保はインタビューを行ったWSSポルトガルで、9位フィニッシュを果たした

© 株式会社三栄