飛鳥時代の寺院跡発見 蘇我氏勢力「播磨犬寺」の可能性 兵庫・神河

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基壇が見つかった位置を示す京都府立大の菱田哲郎教授=27日午前、神河町福本

 兵庫県神河町教育委員会は27日、同町福本の田畑で飛鳥時代後期の寺院跡が見つかった、と発表した。中世の文献に記載がありながら、所在が分かっていなかった「播磨犬寺」跡の可能性が高いという。同寺は大化の改新(645年)前に権勢を誇った蘇我氏に近い豪族が創建したと伝わる。専門家は「蘇我氏と播磨地域とのつながりなど、古代史をひもとく手掛かりになる」と指摘している。

 昨秋と、今年9月15日からの、2回の発掘調査で、県指定史跡「福本遺跡」(神河町福本)の瓦窯で飛鳥時代後期ー奈良時代初期に焼かれた瓦と同じ模様の瓦などが出土した。建物を支える「基壇」も見つかった。南北11メートル、東西15メートル以上の規模の主要な建物とみられる。寺院の敷地は推定100メートル四方で、塔や金堂などの堂舎がそろう「七堂伽藍」だったと考えられる。同町教委は「堂屋敷廃寺」(仮称)とした。

 鎌倉時代末期の1322(元亨2)年に記された仏教史書「元亨釈書」などによると、播磨犬寺は、播磨と但馬の国境に住む枚夫長者が自身の命を救った2匹の愛犬の供養に建てたとされる。枚夫長者は蘇我入鹿が聖徳太子の息子山背大兄王を討つため、都に呼ばれた豪族で、町教委は「今回の寺院跡と創建時期が合致する」とする。

 播磨地域ではほかに、多可町の「曽我井・沢田遺跡」で、蘇我氏との関わりが浮かんでいる。京都府立大文学部歴史学科の菱田哲郎教授(58)は「中世の文献に登場する寺院が実証されるのはまれ」と話す。播磨犬寺が前身と伝わる法楽寺(神河町中村)の新弘正住職(55)は「可能性とはいえ、ロマンがある話。調査の進展を見守りたい」と話している。

 29日午前10時半から一般向けの現地説明会を開く。神河町教委TEL0790・34・0212 (井上太郎)