『歪んだ波紋』塩田武士著 メディアがはらむ危険、陥穽をリアルに映す

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 新聞記者の仕事の中で最悪の失敗は、記事の内容や表現を間違えることだ。デスクや整理、校閲のチェックをすり抜け、紙面に載ってしまったら「おわびと訂正」を出さなければならない。

 だが謝って済む訂正ならまだいい。自分の間違いによって報道被害者を生む可能性だってあるのだ。記者という仕事が怖くなる。

元地方紙記者の作家、塩田武士が手掛けた『歪んだ波紋』は、誤報を巡る5編が収められた連作短編集。新聞やテレビ、ニュースサイト、SNSなどが絡み合った現在の複雑なメディア状況がはらむ危険や陥穽をリアルに映しだし、その行く先を予感させる。

 冒頭に置かれた「黒い依頼」は、地方紙「近畿新報」の中堅記者、沢村政彦が休日、デスクの中島有一郎に呼び出されるところから始まる。中島は、社内に発足してまもない「プロジェクトIJ」のデスク。当局発表に頼らない調査報道を担うチームで、今朝も上岡市長選に絡むスクープを放ったばかりだ。

 しかしこの日、沢村が中島に命じられた仕事は、市長選とは関係のないひき逃げ死亡事故の取材だった。久しぶりに血が騒ぐような仕事を終えた沢村が会社に戻ったところへ、電話がかかってくる。ウェブ・ニュース「ファクト・ジャーナル」の丸岡と名乗る男が言う。「今朝の上岡市長選の件ですが、(中略)これは完全な誤報ですよ」

 やがて沢村は、鳴り物入りでスタートした「プロジェクトIJ」の実態に気付く。そして自分の犯した過ちの罪深さにたじろぐ。

 第2話「共犯者」は、全国紙「大日新聞」の元記者、相賀正和が主人公。かつての同僚の死をきっかけに、30年以上前の誤報がもたらした結果に対峙する。「一本の記事が一人の人生を狂わせた」「誤報に時効はない」。そんな言葉が重く響く。

 読み進めていくうちに、それぞれの話の登場人物のつながりが見えてくる。そして濃密な5編全てを読み終わったとき、本書が「情報」をテーマにした長編ミステリーでもあったことに気付く。

 新聞社やテレビ局の衰退、ネット上にあふれる匿名の言論、そしてフェイクニュース…。「誤報」を入り口に、現在のメディアが抱える問題があぶり出される。何より恐ろしいのは、メディアに関わる人間の倫理観の欠如だ。

 思えば、この30年ほどでメディアの状況は大きく変わった。私たちはどこへ向かうのか。本書が予感させるのは「巨大資本にとって都合のいいニュースの創作合戦に明け暮れる」者たちが跋扈する暗黒の未来だ。

しかし著者は、地道に仕事をする記者たちを励ますことも忘れない。現場に足を運び、当事者の話を真摯に聞いて、考える。そして、できるだけ正確に書く。読者との信頼関係を築くには、その姿勢で一歩一歩進むしかない。

(講談社 1550円+税)=田村文