ノーベル賞快挙 がん患者に光 本庶さん、夫婦で喜び会見

©株式会社フジテレビジョン

ノーベル医学・生理学賞の受賞決定から一夜。京都大学の本庶佑特別教授(76)が、夫婦で会見に臨み、喜びを語った。

森喜朗元首相は、「(速報見て)『わー!』って、思わず拍手したら、うちの家内が『誰が入閣したんですか?』って。本庶先生、ノーベル賞だよって。びっくりして驚いた。良かったなと思って」と語った。

肺がんと闘いながら、2年後に迫った東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会会長として、陣頭指揮を執る森喜朗元首相。

森喜朗元首相は、「わたしの家内には、医者から『せいぜい、もってことし(2016年)いっぱいですよ』と」、「(抗がん剤も全部やめてオプジーボ1本にした?)そうです。(体調も一気に良くなった?)非常に歩くのも楽になりましたし、呼吸が楽になってきました」などと話した。

森喜朗元首相は、今回、ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった本庶佑特別教授の研究から生まれた、がん治療薬「オプジーボ」を自身の治療に使っていたことを初めて明かした。

森喜朗元首相は、「もしこの薬が効いたとしたら、オリンピックが成功するのも、ラグビーワールドカップ成功させたのも、みんな本庶博士のおかげだと、わたしはそう思っていましたよ」と話す。

ノーベル賞受賞決定から一夜。
本庶さんは、妻の滋子さん(75)とともに京都大学に到着し、花束を贈られた。

本庶佑特別教授は、「あまり僕は、家族のことは、細かいことはタッチせずに、典型的な亭主関白として、研究にまい進してきました。こういう人生を二度とやりたいと言うと、ぜいたくだと言われるくらい、自分としては充実した人生で、これまで来られたと思います」と述べた。

また、妻・滋子さんは「いろんな会話しても、中途半端で話は終わらせないこととか。何でも諦めない、とことん極める、そういう態度は見ておりましたので、この結果につながったのかなと思っております」と語った。

日本人のノーベル賞受賞は、2年ぶりで、26人目の快挙となる。

同じ京都大学で研究を続け、6年前、「iPS細胞」の発見でノーベル医学・生理学賞を受賞した山中伸弥さんは、「本庶先生は、僕が基礎研究を始めた30年前からあこがれでしたし、すでに何十万、何百万人という人を救っている仕事が、ようやくきょう、受賞決まってというのは、わたしにとって喜びでもあるし、涙が出るほどうれしい」と述べた。

本庶さんの研究成果は、多くのがん患者に希望の光を与えるものだった。

がん治療は、かつて、「外科手術」、「放射線」、「抗がん剤」が3本柱とされてきたが、本庶さんは、体に備わった免疫力でがんを治すという、第4の道を開いた。

1992年、本庶さんのグループが発見したのが、免疫細胞が持つタンパク質「PD-1」。

この発見が、新しいタイプのがん治療薬「オプジーボ」の原点となった。

本庶さんの研究により、免疫細胞ががん細胞を攻撃しようとした際に、がん細胞の一部がPD-1と結合し、免疫の攻撃にブレーキをかけていることが判明。

そこで、PD-1と、がん細胞側の結合を阻む効果を持たせたオプジーボを投入することで、免疫細胞の攻撃力が回復すると予想した。

人間がもともと持っている免疫力を生かした「免疫治療法」で、がん治療に革命をもたらした、まさに画期的な研究。

その効果には、患者からも驚きの声が上がっていた。

元肺がん患者・清水公一さん(41)は「本庶先生が研究開発してなければ、僕は今、ここにいないと思う」、「最初に(がんが)見つかった時は、子どもが生まれて3カ月だったので、『死んでる場合ではないな』と思いましたね」などと語った。

6年前、健康診断で肺がんが見つかり、その後、脳や脊髄への転移が明らかになった千葉・佐倉市の清水公一さん。

清水公一さんは、「本当に、わらにもすがる思いでオプジーボを使ったら効いた。頭の腫瘍は、みるみる小さくなった」と話した。

オプジーボの使用後、腫瘍は小さくなり、8カ月ほどで投与を終了。

2017年11月には、次男も誕生したという。

清水公一さんは「先生がいなかったら、僕は今、ここにいない」、「僕が家族とともに未来を向いて歩いて行けるのは、本庶先生のおかげ」などと話していた。

人間が本来持つ免疫力で、がんを治す。

自らの研究の意義について、本庶さんは、「自然に治るほとんどの病気は、つまり医者が変なことをしなければ、自然に治る。人間の体というのは、自己治癒力があるわけですよ。(自身の研究は)それを助けることなんだよね」と話している。