「文科相に書き換えさせられた」

 教育勅語めぐり前川さん明かす

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佐々木央

47NEWS編集部、共同通信編集委員

佐々木央

47NEWS編集部、共同通信編集委員

 本州の北辺・下北半島で育ちました。子どもや若者のこと、生きもの(動物園・水族館)について長く取材してきました。なので、軽視されたり無視されたりしがちな存在、人権のないものへの共感も少しはあります。 

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 下村博文氏。文科相当時は大臣室に教育勅語を掲げていたという

 教育勅語を教材として使うつもりなのか。新任の文部科学相の発言が波紋を広げている。

 この問いかけに対する文部科学省の答えは、実は2014年に大きく変わっている。問題を所管する初等中等教育局の局長は、このとき前川喜平さん。前川さんは「当時の下村博文文科相に答弁を書き換えさせられた」と明かす。

 舞台は同年4月8日の参院文教科学委員会。「教育勅語を学校で使うべきだという姿勢の議員から質問通告があった。教育勅語は戦後の憲法体制にはそぐわないもので、衆参両院で無効確認・失効の決議が行われているというのが従来の文科省の考え方。だから『教育勅語を学校教育で扱うことについては慎重でなければならない』という趣旨の答弁案をつくりました」

 質問通告では、議員は局長の答弁を求めていた。大臣はふつう局長答弁まで見せろとは言わないが、下村大臣は目を通す。当日の朝、答弁案を示すと「これじゃあ駄目だ」と突き返され、書き換えるよう求められた。

 書き換えは根幹部分だった。「教育勅語の普遍的な内容に着目して学校教育で扱うことは差し支えない」という文言に変わったのだ。教材としての活用を事実上否定する「慎重でなければならない」から、全面肯定の「差し支えない」へ。

 だが、答弁に立った前川さんは「やっぱり『差し支えない』とまでは言い切れなかったんです。だから言葉を濁した」。委員会の会議録には次のように記されている。

 「教育勅語は明治23年以来、およそ半世紀にわたって我が国の教育の基本理念とされてきたものでございますが、戦後の諸改革の中で教育勅語をわが国の教育の唯一の根本理念とする考え方を改めるとともに、これを神格化するような取り扱いをしないこととされ、これに代わって教育基本法が制定されたという経緯がございます」。まず歴史的に否定されている事実を確認した。

 「このような経緯に照らせば、教育勅語をわが国の教育の唯一の根本理念であるとするような指導を行うことは不適切であるというふうに考えますが、教育勅語の中には今日でも通用するような内容も含まれておりまして、これらの点に着目して学校で活用するということは考えられるというふうに考えております」

 確かに「差し支えない」と言い切ることはせず、前段で「不適切」と述べたうえで、結論は、日本語として変だが「考えられるというふうに考えられる」。

 この後、問題の下村見解が示される。前川さんはこう回想する。

 「下村さんから見ると(私の答弁は)腰砕けの答弁だったでしょう。だから下村さんは自分で手を上げた。そして『差し支えない』と。それが前例になってしまった」

 このときの下村発言を会議録から書き写す。

 「(教育勅語)そのものを使うということについては相当理解を求める必要があると思いますが、ただ内容そのもの、教育勅語の中身そのものについては今日でも通用する普遍的なものがあるわけでございまして、この点に着目して学校で教材として使う、教育勅語そのものではなくて、その中身ですね、それは差し支えないことであるというふうに思います」

 初入閣した柴山昌彦文科相の発言は「現代風にアレンジした形で、今の道徳などに使えるという意味で普遍性を持っている部分がある」というものだった。柴山氏の言葉は、下村見解の「普遍性」はそのままに、「中身を教材として」という部分を「現代風にアレンジした形で」という表現に、文字通りアレンジしている。大臣就任で舞い上がり、不勉強なために思いつきで発言したのではなく、周到に準備された発言だったのではないか。

 7月、都内で講演する前川喜平さん。「道徳教育に日本会議的な思想が入り込んでいる」と警鐘を鳴らした

 それにしても前川さんはなぜ最後まで抵抗したのか。

 「僕の心の中で憲法尊重擁護義務、憲法尊重擁護義務という声が聞こえてね。だから…」

 憲法尊重擁護義務は憲法99条に規定されている。「天皇または摂政および国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」。前川さんにとって、教育勅語を尊重したり、擁護したりすることは、この義務に反するということになる。即ち、教育勅語自体が反憲法的なのだ。

 教育勅語の国家観は、確かに現憲法に完全に違背する。

 冒頭は「朕(ちん)惟(おも)フニ、我ガ皇祖皇宗、国ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠ニ、徳ヲ樹(た)ツルコト深厚ナリ」。国を始めたのは天皇家の祖先、徳を積んできたのも代々の天皇家。そのすぐ後には「我が臣民」という言葉も出てくる。国民は天皇の家来。「主権在民」「民主主義」とは真逆の天皇中心思想が語られている。

 その誤りが戦前の日本の蹉跌に大いに影響したことは全く顧慮せず、言及もせず、柴山氏や下村氏は「普遍的なもの」と称揚する。

 では彼らの言う「普遍的なもの」とはなにか。それは本当に普遍的な価値・徳目で道徳教育に適しているのか。=この項続く(47NEWS編集部、共同通信編集委員佐々木央)