「体育の日」名前なぜ変わる? 歴史ひもとくと…

「体育の日」を巡る変遷

 10月第2月曜となる8日は「体育の日」。老若男女に定着した祝日名だが、東京五輪・パラリンピックが開かれる2020年から「スポーツの日」に改められる。取材をしていると、なぜ名前が変わるのか疑問を抱く人に出会う。歴史をひもときながら今の潮流を調べてみた。

 「体育の日」ができたのは1966年。その2年前の64年に開催された東京五輪の「輝かしい成果とその感激を記念し、これによつて体育の重要性について認識を深める意味で」(当時の文部省通知)、開会式の日だった10月10日を選んだ。

 運動会などの行事を通して体を動かすことを奨励し、長らくこの日に固定していた。2000年、政府が余暇の創出と消費拡大を狙って土・日曜と月曜を合わせて3連休にする「ハッピーマンデー」制度をつくると、体育の日は10月の第2月曜に移った。

 東京五輪の20年を見据えて祝日法が改正され、「体育の日」は「スポーツの日」と呼び名を変える。教育的な意味合いを思わせる“体育”より、楽しむという要素を感じさせる“スポーツ”へ、時代の流れに即したというべきだろう。

 20年に限っては東京五輪開会式の7月24日へ移す。さらに要人の出入国や交通量抑制などを理由に「海の日」(7月第3月曜)と「山の日」(8月11日)も五輪期間前後に組み込み、連休を増やすことが今年6月に決まった。

 「体育の日が祝日であることの意義がより薄れてしまわないか」。同志社大スポーツ健康科学部の横山勝彦教授(スポーツ政策)は疑問を呈する。64年の東京五輪を歴史に刻み、人々に体を動かそうと呼び掛ける祝日が、ハッピーマンデーによって単に3連休の一部として捉えられ、20年は五輪の円滑な運営のために便宜的にずらされた感が強い。

 実は、体育やスポーツを冠する日は以前から存在した。戦前の1924~32年は「全国体育デー」(11月3日)、戦後の58~61年は「国民体育デー」(58年は5月4日、以後3年間は5月第3日曜)。東京五輪を控えた61年から5年間の10月第1土曜は「スポーツの日」だった。

 横山教授は「日本では、スポーツと体育の区分があいまいなままやってきた」と指摘し、今回の改称は「簡単に言えばスポーツの産業化」と明快に分析する。スポーツを経済成長の一翼にしたい政府の思惑が見て取れる。

 

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