コンピューターが作り出した世界に入り込んだような体験ができる仮想現実(VR)技術―。米フェイスブックが9月26、27日に米西部サンノゼで開いたVR部門の年次イベント「オキュラス5」を取材し、新次元のエンターテインメントを体験してきた。(共同通信=ニューヨーク支局・吉無田修)
コードレス
年次イベントの目玉は、コードレスでVRを楽しめる新型ゴーグル型端末「オキュラス・クエスト」の発表だった。来春、399ドル(約4万5千円)で発売する。パソコンなどと接続せずに単体で利用できる使い勝手の良さが売りだ。
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は9月26日の基調講演で、VR端末で必要な特性は「コードレス」「手を使った操作」「空間認識の機能」を挙げた。
これまでVRを専用端末で楽しむには、VR端末とは別に、高性能なパソコンやゲーム機を用意する必要があり、費用負担に加え、配線のわずらわしさも普及の足かせになっていた。
フェイスブックは今年5月、単体で利用できるVR端末「オキュラス・ゴー」を2万3800円(税込み)からと、価格を抑えて発売し、VR初心者の取り込みを図った。「クエスト」はその上位機種の位置づけで、端末のコードレス化を加速させる戦略だ。
「クエスト」は位置情報を把握するカメラが内蔵され、付属の二つのコントローラーも空間の位置を把握する。仮想現実の空間内を歩き回ったり、テニスやボクシングなど手の動きと連動したゲームを楽しんだりすることができる。
VR端末は、ソニーのゲーム子会社が「PSVR」(税抜き3万4980円)を今年7月までに300万台以上販売し、先行している。ただ、PSVRはゲーム機「プレイステーション(PS)4」(税抜き2万9980円から)に接続する必要がある。
米グーグルは、VRのプラットフォーム「デイドリーム」をスマートフォン向けに展開。中国の聯想(レノボ)グループが今年、このデイドリームに対応した専用端末「ミラージュ・ソロ」(税抜き5万1200円)を発売した。コードレスで空間を認識する機能を搭載している。
イベントの参加者は「フェイスブックは交流サイトの広告で稼いでいるので、VRで思い切った価格戦略を打ち出せる。ゲーム事業が屋台骨のソニーは冒険しにくい」と指摘。ソニーがVR端末のコードレス化への対応をどのように打ち出すのかが注目と話していた。
新次元エンタメ
年次イベントでは、VR端末を使った最新のエンタメを体験する機会もあった。記者が案内されたのは、西部劇風のゲーム「デッド・アンド・バリード・アリーナ」。コードレスのVR端末を頭に装着し、3対3に分かれて、決闘する内容だ。ゲーム内で「銃」の役割になるコントローラーを両手に持って動き回る。
会場はバスケットボールのコートほどの広さで、黒い箱が置かれていた。ゲームの世界では、箱が身を隠す木箱に変わり、現実には存在しない線路や建物、山も見えた。テレビゲームでは体験できない臨場感で、コントローラーは汗でべたつき、身を隠しながら木箱から木箱に移動する際は、あせって転びそうになった。
次に体験したのは人気映画シリーズ「スター・ウォーズ」を題材にしたアトラクション。コンピューターの入ったリュックと一体化したベストを着用し、VR端末をかぶると、歩兵「ストームトルーパー」に変身した。4人一組で施設内を10~15分程度歩き、映画の世界に入り込んだ。
宇宙船で着陸する場面では、温かい風がふき、焦げたようなにおいもして、灼熱の星を感じた。光線銃を使う戦闘は、着用したベストの振動を通じて撃たれた衝撃もあった。VR端末からお互いの声が聞こえ、会話しながら進行する。初対面同士でも打ち解け、ワクワクする体験だった。
運営会社によると、同様のVR施設をすでに、米フロリダ州のテーマパーク「ディズニーワールド」に隣接した商業施設「ディズニー・スプリングス」などで展開。大がかりな投資は不要とみられ、今後こうしたVR施設が増えそうだ。
目標10億人
フェイスブックはVRの普及を見越し、2014年に米ベンチャー企業オキュラスVRを約20億ドルで買収。昨年の年次イベントで10億人のVR利用者を目指すと宣言した。ただ、ザッカーバーグ氏が「(目標の)1%にも満たないかもしれない」と認めるように、現状の利用先は「限られた種類のゲームでしかない」(米調査会社ガートナーのアナリストのグエン氏)との指摘がある。
米ザイオン・マーケットリサーチは、世界のVR端末やソフトの市場規模は16年の約20億ドルから22年までに約269億ドルに拡大すると予想。産業分野での活用の広がりも見込む。米小売り大手ウォルマートが従業員研修にフェイスブックのVR端末を導入するといった動きもある。
「相手がどこにいてもその人の存在を感じられるようになり、コミュニケーションの方法、ゲーム、仕事の仕方など私たちの生活のほぼすべての分野が変わると考えてほしい」。ザッカーバーグ氏は基調講演でVRの可能性を強調した。
米調査会社IDCのアナリストのウブラニ氏は「VR市場はまだ未熟だ。試行錯誤が繰り返されており、現在は考えてもいなかったような方向に将来拡大するかもしれない」と話す。
スマートフォンは、米アップルのiPhone(アイフォーン)の使い勝手の良さと、アプリの充実で爆発的にヒットした。VR端末もハードとソフトの好循環を生み出せるかが、普及に向けた鍵を握る。