アバターで交流する世界 ここまで来た、VRのリアル

VR空間内に入り、坪倉輝明さんを取材する記者=東京都渋谷区

 VR(バーチャルリアリティー=仮想現実)の先端事情を知りたいと取材を申し入れたところ、メディアアーティストの坪倉輝明さんが面会場所として提案したのはVR空間内の「オフィス」だった。記者がヘッドマウントディスプレーを頭に装着し、両手にコントローラーを持ってVR空間に進入する。初体験の奇妙な取材が始まった。

チャット利用300万人

 空間にログインすると、白を基調とした部屋が視界に広がった。首を左右に動かせば風景を360度見渡せ、部屋の奥行きや家具の大きさが感じられる。視線を手元に落としたら機械仕掛けの手のひらが見えた。空間内でロボットのアバター(分身)姿で存在している自分の腕だ。腕の上げ下げに連動してアバターの腕も上下に動いた。

VR空間内で会話する坪倉さん(左)と記者のアバター

 「初めまして」。坪倉さんが、本人を3次元(3D)スキャンでかたどったアバター姿で出迎えてくれた。こちらが取材の趣旨を説明すると、坪倉さんのアバターがうなずく。実際には自宅で取材に応じている坪倉さんと、記者のいるリクルートテクノロジーズの研究所(東京都渋谷区)は10キロ以上離れているが、間近に接しているような錯覚に陥った。

 記者が入った空間は「VRチャット」と呼ばれ、英国発のVR交流サービスとして2017年に始まった。利用者が意匠をこらして作成した「ワールド」と呼ばれる世界が無数にある。空間に招待されると、他の参加者らと交流できる。

 利用者は世界で少なくとも300万人に上り、日本人が2~3%を占めるとされる。VR空間では物理的な距離が意味を成さなくなり、アバター同士で全国あるいは世界中の利用者と直接会話できる。

なりたい自分に

坪倉さんの作品「空想ジオラマ」

 VR内の「オフィス」の2階に上がると、各地の美術館で出展されている絵画がいくつも飾られていた。坪倉さんは車の模型を指し示し「これは『空想ジオラマ』です」と紹介した。アバターの手でつかんでテーブル上を動かすと、進行方向に鮮やかな道や線路、街が次々と現れる。車を宙に浮かすと、その影が飛行機になる。坪倉さんは「ミニカーで遊ぶ子どもの空想や想像力を可視化したかった」と語る。

変身後の坪倉さん。表情も変えられる

 坪倉さんが不意に、犬の耳が付いた少年の姿に変わった。「ここでは、なりたい自分になれるんです。普段の自分の姿にストレスを感じる人もいる。人との付き合い方も変わります」。かわいい女の子やアニメのキャラクターに姿を変える人もいれば、アバターを自分で作る10~20代も増えている。3Dキャラクターの制作を代行する企業も存在し、制作費は1体数十万円ほどだ。

添い寝やダンス大会

 VRは、もともとゲームや映画などのコンテンツ業界を中心に普及した。その後、ヘッドマウントディスプレーの価格が下がり、新たなサービスも登場したことで、楽しみ方がゲーム中心から利用者同士の交流へと移りつつある。

 利用の仕方は人それぞれだ。「VR睡眠」にふける20代の会社員男性はディスプレーを装着したまま眠り、異空間で同好の仲間と「添い寝」を楽しむ。「目を覚ました時、かわいいアバターが隣にいると幸せになる」。アバターを操作して競技に挑むイベントやダンス大会、アバターによるゲームの実況中継も日々開催されている。交流や対談を動画配信サイト「ユーチューブ」で同時放映する動きも広がっている。

バーチャルマーケットの出店風景。企業や団体、個人など80以上の店が出た

8月には、アバターや衣装、装身具をVR空間内で売買する「バーチャルマーケット」が初めて催され、千人以上が集まった。気に入ったものを空間内で試着でき、購入したい場合は外部サイトに移動して決済する。主催者の1人、澤江美香さんは「映画や漫画の中にしかなかった『未来』を感じてもらえたと思う。決済を空間内でできれば、もっと便利になる」と強調する。

会わずに採用面接

 VRの可能性には企業も注目している。東京のベンチャー企業、クラスターはVR空間でイベントを開くサービスを手掛け、2500人を集めた仮想アイドルのライブを成功させた。目標は「引きこもりを加速させる」ことだ。

 リクルート傘下のアドバンスドテクノロジーラボの客員研究員、UUUPAさん(ハンドルネーム)はVRチャット内で会議や勉強会を定期的に開く。「自宅で裸でも参加できる。直接会って話す方がいいという価値観は変わる」と指摘する。

 フリーマーケットアプリを運営するメルカリをはじめ、採用面接にVRを活用する企業も現れている。メルカリの担当者は「VRの技術者を採用するのに、実際会って面接する必要があるのか。それを問いたかった」と話す。VR空間で「会った」だけなのに、その後面と向かって会った際に、既に会ったことがあるかのような感覚になると打ち明けた。

 神奈川県鎌倉市のネット関連ベンチャー、カヤックの原真人さんはキツネ耳の女性に扮して入社志望者と面談した。「外見にとらわれず、人間の可能性を広げられる。今もVR面接で絶賛募集中です」(共同通信=角田隆一)

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