【やまゆり園は今】心と心つなぐケア 足柄上病院が認知症患者と信頼築く技法導入

 言葉を交わすのが難しい相手でも意思疎通を図り、信頼関係を築くことはできるだろうか。共生社会にも通じる課題への挑戦が、県立足柄上病院(松田町)で始まっている。「ユマニチュード」という技法を取り入れ、コミュニケーションを取りにくくなった認知症患者と向き合う。理念や思いに新たな技術を加え、心を通わせた理想のケアを目指している。

 「こんにちは。気分はどうですか」。看護師の城所かよ子さん(30)は、ベッドの上で体を起こした男性患者の前でしゃがみ込み、両手に触れながら視線を合わせて会話を始めた。素っ気ない素振りにも笑顔で返す。

 認知症患者は、相手の言葉が理解できなくなったり、時間や場所が分からなくなったりすることによる不安や恐怖から、周辺症状として怒る、拒む、暴力を振るうといった反応をすることがあるという。城所さんも以前は、それに悩まされていた。声を掛けても「バカたれ」と反発される。顔をたたかれる。「正直、嫌だなと思うこともあった」と吐露する。

 しかし、現在は患者と信頼関係を築くことができた。それを可能にしたのがユマニチュード。ケアを受ける人とケアをする人の間に絆を結ぶことで、ケアを受ける人の人間性や尊厳を取り戻すという哲学に基づく。

 同病院は昨年1月から導入している。ケアする際に腕をつかむと恐怖心を与えることがあるといい、不安を与えないように背中などを優しく支え、正面から視線を合わせて話す。こうした丁寧な対応が、相手に安心感を与えるのだという。

 城所さんも患者の変化を目の当たりにした。「ありがとう」「お疲れさん」といった言葉を掛けてもらえるようになった。以前は拒んでいた食事を取るようになり、寝たきりの状態から車いすを利用するまでに回復した例もある。

 城所さんは「コミュニケーションが取れるようになり、患者さんを好きになれた」と効果を口にする。

 県西部で中核的な役割を担う同病院(病床数296床)。昨年度の外来・入院患者数は計3万9484人で、うち7割が60歳以上。認知症またはその症状が見られる患者は多いという。

 高齢化が進む中、認知症患者への対応は喫緊の課題だった。方法を模索していた同病院総合診療科の吉江浩一郎部長は、2015年に出席したプライマリケアに関する学会でユマニチュードを知り、院内で採用を提案した。現在、看護師ら3人が実践し、さらに十数人が習得に励んでいる。

 ユマニチュードは患者だけでなく、スタッフにも変化をもたらした。城所さんは「患者さんが大事にしていることが分かり、患者さんが求める看護を考えて行動できるようになった」と実感する。

 高齢者を支え、笑顔になってもらいたい-。城所さんは実家で祖父母と暮らすうちにそんな志を抱いて看護の道に進んだが、患者に苦慮し、「自分本位のケア」になってしまうこともあったと振り返る。しかし、いまは初心のままに寄り添えている。「まだまだ技術は未熟だけど、心の中の目が開いた感じ」と、充実感をにじませた。

 吉江部長は「当たり前だが、人間と人間としてコミュニケーションを取ろうというのが根っこにある。一人一人としっかりと向き合っていくことが大事」と話す。その先に「心をつなぐ医療」を見据えている。

 ◆ユマニチュード フランス語で「人間らしさ」を意味し、約40年前に体育学を専攻する2人のフランス人が考案。知覚・感情・言語による包括的なコミュニケーションに基づいたケア技法。医療・介護支援サービスを手掛ける「エクサウィザーズ」(東京都港区)によると、日本では2011年から広まり始め、現在、国内で継続的に導入しているのは医療、福祉分野の計24施設。

患者と信頼関係を築き、笑顔で接する城所さん=県立足柄上病院

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