台風の影響で荒波が押し寄せる江の島灯台 (Photo AC)
先日、連続して水害からの避難のワークショップを実施しました。これだけ、台風や水害が各地で起こっている昨今です。水害について対策をとらないなんてありえない、そんな想いがじわじわ広がっているのを感じます。
でも、その反面、「隣の街は被害にあったけど、やっぱりうちは大丈夫だった!」「山に守られている!」「東京は台風に強い」と、対策ではない安全信仰を深めている人が地域で逆に増えたなんていうお話も伝わってきます。みなさんのまわりの方はどちらのタイプでしょうか?
今回は、女性防災ネットワーク・東京で10月1日に実施した日本気象予報士会サニーエンジェルスの代表、山本由佳さんの報告がとてもわかりやすかったので、講演のまとめと私の感想をみなさまにご紹介します!特に、東京は大きな水害はない・・なんて思っている方にお伝えいただければ嬉しいです。
資料提供:日本気象予報士会サニーエンジェルス/山本由佳さん
大学で化学を専攻した山本由佳さんは、子育て中心の主婦から一念発起して、気象予報士の資格を取得し、2010年に日本気象予報士会サニーエンジェルス( http://sunny-angels.jp )を結成されました。
気象とサイエンスについて、赤ちゃんと一緒でも学べる講座や親子一緒に楽しく学べるサイエンスママカフェを実施されていたり、FMブルー湘南で毎週土曜日9時半からラジオ出演もされたりしています。
親子に科学を正確に、だけど楽しく実験しながら伝えてくださる姿勢が、頼もしくもかっこいいので、親子以外の地域住民むけにもおすすめの講座です。こどもたちにわかりやすく伝えるスキルは、専門用語を使ってわかった気になりがちな大人向けにも実は効果的だと思っています。
その山本さん、東京でも台風による高潮や水害が過去に起こっていることを教えてくれました。まずは、1947年に東京を襲ったカスリーン台風についてです。
資料提供:日本気象予報士会サニーエンジェルス/山本由佳さん
なんだか名前を聞いたことがあるという人はいても、詳しく知っているという人は少ないのではないでしょうか? その12年後の伊勢湾台風では死者数が5000人近かったということもあり、今でも、三重県に行くと「あの時は・・」語り継がれている事を感じます。カスリーン台風は、死者1000人超という台風でしたが、71年前の出来事だからか、「あの時は・・」という会話を都内であまりお聞きしません。
出典:「災害をもたらした過去事例」(気象庁)
カスリーン台風 昭和22年(1947年) 9月14日~9月15日
典型的な「雨台風」、利根川・荒川決壊で東京など関東平野が水浸し。群馬・栃木両県で死者・行方不明者1,100名以上。
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/1947/19470914/19470914.html
このカスリーン台風では、利根川や荒川が決壊し、氾濫水は都心にまで達しています。でも、上の図の進路をよーく見てくださいね。あれ?と思いませんか?この台風、上陸していないのです。上陸すると、いつもニュースで速報になって知らせてくれますね。だから、上陸=大変!と考えがちですが、「台風が上陸してなくても被害をもたらす事がある事を覚えておいてほしい」と山本さんのアドバイスです。台風からの湿った空気によって、停滞していた秋雨前線が活発化したことで大きな被害をもたらしたのです。
カスリーン級の台風が来たら荒川は氾濫!
また、講演を実施した10月1日というのは、気象上は有名な日なのだそうです。これ、ご存知でした?1917年(大正6年)の台風ですが、名前もついていないので、全く知らないという方も多いのではないでしょうか?私も知らなかったのですが、東京湾で高潮被害をもたらした台風なのです。高潮というと台風21号が来た時に、関西空港や関西周辺で大きな被害がありましたが、東京湾でも過去にあったということです。行徳にあった塩田が、この高潮被害で廃業になったそうです。
出典:第1回 港湾の堤外地等における高潮リスク低減方策検討委員会「気象庁が発表する防災気象情報」
(気象庁総務部参事官 弟子丸 卓也) http://www.mlit.go.jp/common/001159115.pdf
そして、この台風の進路は、2018年台風25号がもう少し南のコースをとれば、同じ進み方であることがわかります。ということは、東京湾で今年、高潮被害が発生したとしてもおかしくなかったということです。東京は台風に強いというのがただの安全神話ということがわかります。
とはいえ、今は堤防もあるからと思っている方もいるかもしれません。でも、カスリーン台風がふたたび襲えば、荒川は氾濫することも想定されているのです。
「河川に関する防災情報」 (国土交通省 水管理・国土保全局 河川環境課 河川保全企画室長 齋藤 博之 P116) https://www.jma.go.jp/jma/kishou/minkan/wxad/pdf/3-2.pdf
だからこそ、江東5区広域避難推進協議会で広域避難が検討されています。そして、対象になる水害は以下の2点です。
出典:江戸川区ホームページ ( https://www.city.edogawa.tokyo.jp/bousai/koto5kyougikai.files/koto5leaflet.pdf )
1,今までに経験したことのないような巨大台風による高潮氾濫2,長時間の豪雨による荒川および江戸川の大規模洪水氾濫
この2点。
ちなみにこれは余談ですけれど「今までに経験したことがない」とか、「50年に一度」「100年に一度」という警戒文、ママたちから分かりにくいと不評です。「今までに経験したことがないからイメージしにくい」とか、「50年も100年も生きていないから、違いが想像しにくい」という声があったりする事をご参考までに!
ともあれ、この2点が重要で、2の長時間の豪雨も、例えば、平成27年9月関東・東北豪雨は、温帯低気圧に変わった台風ともうひとつの日本に接近してくる台風の2つ台風の影響により、線状降水帯ができたことで起きました。
つまり、大災害をもたらす豪雨も台風が関係している場合が結構あります。それゆえ、台風について、本当に理解しているのかどうかがとても大事になってきますよね!
でもね。台風ってこんなに来ているのに、そして、毎回、進路予想が出されるのに、結構、理解されていないかもと私も講演で感じていました。
台風についておさらいしてみよう!
ですので、山本さんのレクチャーは、気象予報士としての深い知識と親子むけのわかりやすい言葉で台風の基本をおさらいしてくれました。
資料提供:日本気象予報士会サニーエンジェルス/山本由佳さん
台風は熱帯低気圧の仲間です。最大風速が17m/s以上になれば、台風という名前に変わります。ハリケーンやサイクロンは発生区域が違うだけで、やっぱり同じ熱帯低気圧です。世界で発生した強い熱帯低気圧の経路をみると、日本はそのコース上にあるものの、数が多すぎて日本がちっともみえないくらい。
通過経路になることが多すぎて図にすると日本が見えない!!(出典:NOAA(全米海洋大気局) https://coast.noaa.gov/hurricanes/)
地震の多くは日本で発生しているというだけでなく、こうやってみると台風までも多く発生している災害大国なのですね・・・この図が示されると「はー」とため息が会場からもれていました・・・
台風は1年で平均26個発生し、11個が日本に接近して、3個が日本に上陸しているそうですが、今年はすでに25個発生し、5個上陸しています(2018年10月7日現在)・・・。
そして、次はこのクイズです。私も講演で質問してみた事があるのですが、これは本当に間違えて覚えてる人多いなと思います。
資料提供:日本気象予報士会サニーエンジェルス/山本由佳さん
予報円が暴風域だと思っていたり、この範囲だけ台風の影響があって他はセーフと思っていたりする方は多いかも。予報円は台風の中心が入る確率70%の円です。70%なので、円の外はセーフとか言ってる場合ではないですよね。
資料提供:日本気象予報士会サニーエンジェルス/山本由佳さん
他にも赤丸、黄色の丸の意味を親子できちんと確認しておきたいですね。見ているのに、意味がわかってない事って結構あるのかも。
資料提供:日本気象予報士会サニーエンジェルス/山本由佳さん
サニーエンジェルスのキャラクターが飛んでいるこの図もわかりやすいです。秒速でピンとこなくても、風速15〜20mを時速換算すると、時速70km。
台風21号の関西で、トタンが車を追い越して飛んで行っていたというお話もお聞きしました。時速70キロだと、スピードをだしている車なみなので、そうなってしまうことは想像できますよね。
風速10~15mで毎回、お約束のように傘を飛ばす映像が流れますが、時速50kmなのに傘でなんとかしようとしている人がいるのが、そもそも問題なのでは・・と思います。もう映像にしてくれなくていいのだけど・・
台風21号で話題になった「高潮」ってどんなもの?
さて、台風はやってきたら様々な災害をもたらしますが、台風21号の関西の状況を知るまで、高潮について、イメージできない人が今までは多かったのかもしれません。台風には、高潮を発生させる要因がいくつかあります。
出典:東京湾の大規模高潮浸水想定の概要(平成21年4月2日国土交通省 港湾局) http://www.mlit.go.jp/common/000037287.pdf
1つは吸い上げ効果。台風は低気圧だから、周囲より気圧が低いのです。そのため海面を吸い上げていくので高潮になります。1hPa気圧が低くなると、海面は約1cm上昇します。そのことから、1000hPaから、台風の気圧が例えば950hPaだったら、1000cm−950cm=50cmも海面が上昇してしまうということになります。
簡単に引き算だけで計算できてしまうので、引き算ができる子どもたちには早くから高潮の計算の仕方を教えてあげたいですよね!
もうひとつ高潮が起こるわけは、風による吹き寄せ効果です。台風の強い風が海岸に向かって吹きこんできたら、陸にむかって水位をあげるのです。
日本の平均気圧は1013hPaなので、例えば950hPaの台風が来た場合、単純に引いてみると63なので、低気圧による海面上昇だけなら、63センチしか海面は上昇しないはずです。でも、高潮が2mにもなるのは、吹き寄せ効果により、風速が2倍になれば潮位は2乗でいつもの4倍の海面上昇があるからです。
この2乗という計算方法、自然を相手にする時に多いなと感じています。いつも洪水避難でお伝えしているのが、動水圧です。流速に対し、2乗の力がかかります。だから水に入る際、いつもより速い流れがあったら軽い気持ちで水に入らないでと力説している部分です。
人の想像よりも強い力になっているのが、2乗が関係しているかもと思ったりします(流体力学なので同じといえば同じかも)。だから、台風の風速の発表があると、各自が2乗を計算して、いつもの何倍の高潮になるかも・・・と、自分で考えられる人が増えてほしいなと思います。もともと強い風が吹く台風の風速をさらに2乗するのですから、かなりの海面上昇ですよね。
さらに、浅瀬で波が高くなり、海岸付近で波の形が不安定になって、海水が沖に戻りにくくなり、沿岸部の潮位が特に上昇するウエーブセットアップという現象も高潮の原因です。
出典:波浪効果による潮位上昇(気象庁)https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/tide/knowledge/tide/wavesetup.html
また、高潮は風が吹いてくる方向に開いた湾で起きやすいのです。
資料提供:日本気象予報士会サニーエンジェルス/山本由佳さん
東京湾を含め、過去に被害にあっているところはわかっています。水深が浅く、南〜南西に開いていると被害を受けやすいからです。
そして、山本さんが警鐘する高潮の怖さは次の3点です。高潮は、じわじわ波が高くなってくるわけではなく、急に海面が高くなり、しばらくその高さが続きます。低い土地ではなかなか水が引きません。そして、高潮になる前に暴風になっているので、暴風前に対策をしないと間に合いません。
暴風や高潮がいつ発生するかということについては、注意報、警報がでたら気象庁のHPを調べれば詳しく書いています。
資料提供:日本気象予報士会サニーエンジェルス/山本由佳さん
でも、なぜ、これだけ台風が来ているというのに、情報の使いこなし方を私たちは知らないのでしょう?小学校5年生で台風の進路を習い、中学2年で、高気圧、低気圧を学んで4つの気団を暗記しますが、高潮の話はでてきません。ウェーブセットアップなんて言葉は大人でもどれだけ知っているのかなと思います。
「〇〇川氾濫△△情報」。この言葉を聞いたら、心の警戒をスイッチオン!
中学生ぐらいであれば、これだけ来襲する台風がどのような被害をもたらし、どう対策をとるべきか、そして必要な気象知識や計算の仕方は何か、理解できると思います。
流体力学はわからなくても、2乗の計算はできます。4つの気団の暗記が、中2理科の天気学習ではキモのようなところがあって、梅雨前線は、「お」のつくオホーツク気団と小笠原気団が影響するので、「おつゆ」と覚えるとわかりやすい・・とかいう覚え方もありますが、そこまでして名前を暗記するよりも、実際に過去に来た台風を知り、どうすれば多様な人が安全に避難できるか考えさせる教育の方がいいのでは・・・と思うのですが・・
その他、山本さんのレクチャーでは、洪水について、「〇〇川氾濫△△情報」この言葉を聞いたら、心の警戒をスイッチオンにして情報収集するお話や、気象庁がだしている指定河川洪水予報で大切なのは「主文」の読み方、洪水の話や役立つアプリの話もでてきました。ここからは是非、実際にお聞きいただければと思います。
そして、学んだことを避難につなげてほしいと思っています。江東5区では、2週間浸水することにより、マンション3階以上の水没しない人であっても、救助はなく、区役所は機能せず、トイレも水も電気も使えないため、被害が甚大になることが想定されています。
出典:江戸川区ホームページ ( https://www.city.edogawa.tokyo.jp/bousai/koto5kyougikai.files/koto5leaflet.pdf )
避難情報は、72時間前から出されますが、台風や災害について理解がないと、早期に避難する必要性がイメージしにくいかもしれません。
出典:江戸川区ホームページ (https://www.city.edogawa.tokyo.jp/bousai/koto5kyougikai.files/koto5leaflet.pdf )
具体的にどうすれば避難できるかは、早期避難についての過去記事も書いてますので、この問題は、引き続きみなさんと共有、検討していければと思っています。
■大雨情報で早期避難ってほんとにできる?早期避難のためのアイデア12選(前編)住所入力すれば危険をカルテにしてくれるサイトも!
http://www.risktaisaku.com/articles/-/7947
■大雨情報で早期避難ってほんとにできる?早期避難のためのアイデア12選(後編)江東5区は24時間前から避難!?
http://www.risktaisaku.com/articles/-/8196
(了)