【平成の長崎】青函連絡船がホテルに

平成8(1996)年

 かつて本州と北海道を結ぶ大動脈として活躍した青函連絡船が、長崎港で〝海に浮かぶホテル〟(ホテルシップ)として余生を過ごすことになりそうだ。長崎市の船舶関連会社、ハヤシマリンカンパニー(林永治社長)が計画しているもので、早ければ今夏にもオープンさせたい考え。実現すれば観光長崎の新しい目玉になりそう。
 同連絡船は大雪丸(約8、700㌧)。全長132㍍、幅17・9㍍。三菱重工横浜造船所で建造、昭和40年5月から青函連絡船として就航し、63年の青函トンネル開業に伴う同連絡船の廃止まで、23年間活躍した。
 その後、東京の会社に売却され内部を改装。ホテルシップとして再出発するはずだったが、会社の倒産で一度も稼働することなく再び売りに出され、以前から同様の計画を持っていたハヤシマリンカンパニーが今年初めに購入した。
 客室は洋室、和室を含め66室、収容人数は452人。団体客向けの使用なら550人まで可能。多目的ホールや食堂、大宴会場なども備えている。
 4日に長崎港に回航、補修や一部改装工事が行われている。
 同社では係船場所として同市小曽根町の社有地前岸壁を予定しており、「関係機関への諸手続を進め、早い時期の開業を目指す。鉄道マニアや観光客にとっても話題となるような、港町・長崎らしいホテルにしたい」と話している。平成8年4月6日付長崎新聞より)
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ホテルシップとして長崎港に回航された元青函連絡船の大雪丸=長崎市、柳ふ頭

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