なぜボンズの作品はハイクオリティで魅力的なのか? 創業20年の歩みを振り返る南雅彦氏ロングインタビュー

アニメサイト連合企画

「世界が注目するアニメ制作スタジオが切り開く未来」

Vol.2 ボンズ

世界からの注目が今まで以上に高まっている日本アニメ。実際に制作しているアニメスタジオに、制作へ懸ける思いやアニメ制作の裏話を含めたインタビューを敢行しました。アニメ情報サイト「アニメ!アニメ!」、Facebook2,000万人登録「Tokyo Otaku Mode」、中国語圏大手の「Bahamut」など、世界中のアニメニュースサイトが連携した大型企画になります。

『鋼の錬金術師』から『交響詩篇エウレカセブン』、そして『ひそねとまそたん』『僕のヒーローアカデミア』まで。1998年にサンライズ出身の南雅彦氏らによって設立されたボンズは、常に新しいアニメを世の中に届けてきた。その作品群は常にファンを魅了し続けている。

なぜボンズの作品は魅力的で、ハイクオリティなのか? なぜ新しい表現に挑み続けるのか?

ボンズの創業者で代表取締役の南雅彦氏に、スタジオの設立の経緯から現在まで、そして制作の現場について伺った。

杉並区の井荻駅にほど近くにあるボンズ本社入り口

エントランスには8月に劇場公開が開始した「僕のヒーローアカデミア THE MOVIE」の大きな看板が出迎えてくれた

かわいいエド(鋼の錬金術師)のぬいぐるみも

スペース☆ダンディは当時としては珍しい全世界同時放送が話題となった

廊下に設置された圧巻のアニメーターボード。原画などをコラージュしている。鉛筆で引かれた線が美しい。

ボードについて説明する南雅彦社長。アニメーターそれぞれの思いが言葉ではなく絵を通して伝わってくる。

■「もっと自由に、大きくやっていける場所」スタジオ設立の頃

――ボンズの歴史からお話を聞かせてください。1998年設立ですが、当時勤められていたサンライズを退職して立ち上げられたきっかけはあったのですか?

決断も特になかったですね。流れのまま。「起業したい!」とか全くなくて。その時は36、7歳ぐらいですね。

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ボンズ創業者で代表取締役の南雅彦氏。『鋼の錬金術師』をはじめ数々の名作をプロデュースしてきたヒットメーカーでもある。

――若いですね

若かったんでしょうね。ちょうど『カウボーイビバップ』(※1)をテレビ東京でワンクール放送して、全話放送をどうしようかといったタイミング。次にどういう作品、企画をといった時に、当時一緒にサンライズでアニメーションを作ってきたスタッフと新しいチャレンジをやりたいというのがあった。サンライズでも当然できるんだけど、もっと自由に、大きくやっていける場所が欲しいねと。逢坂(浩司)(※2)、川元(利浩)(※3)やスタッフといろいろ相談をして、じゃあ新しい場所を作ろうと。

他にもきっかけはいくつかあったと思います。でもそれは大きな問題ではなくて。30歳から36、7歳のわれわれが作品を作っていく考え方とタイミングがちょうどマッチした。大変でしたけど。

※1 『カウボーイビバップ』は1998年春に全26話のうち13話分だけがテレビ東京で放送、同年秋からWOWOWで全話が放送された。

※2 逢坂浩司。アニメーター、キャラクターデザイン。ボンズの創立メンバーのひとり。代表作に『機動武闘伝Gガンダム』『機巧奇傳ヒヲウ戦記』。2007年逝去。

※3 川元利浩。アニメーター、キャラクターデザイン。ボンズ取締役、創立メンバーのひとり。代表作に『カウボーイビバップ』『ノラガミ』『機動戦士ガンダム0083』。

――苦労されたことも多かった?

よく「ボンズを作ってなにがよかったですか」と聞かれて、「いやいや良かねえんだよ、大変なんだよ」って。最初は、リース会社も何も貸してくれないし。コピー機ひとつ借りるのも大変だった。車のリースもさせてくれない。近所に中古車屋があって、そこの親父と仲良くなって車を買って。スターレットとシャレードの車検付きの中古が大体25万かな。状態悪いのはもうちょっとまけろとか言いながら。

――次の仕事への不安とかはなかったのですか?

特にはね(笑)。とりあえず場所作って、仕事して、作品をどう作っていくかだけでしたから。

最初は『エスカフローネ』の劇場版を制作していたし、『カウボーイビバップ』の劇場版も動かして。スタートはサンライズから大きな2タイトルの制作をやらせてもらったのでいいかたちで出来て、その間に会社のかたちを作っていけました。

製作委員会や原作、放送局や代理店といった周りの人たちにも凄く助けられて、恵まれていましたね。

初期作品の『エンジェリックレイヤー』は、CLAMPさんという非常に大きい原作者のタイトルで、角川書店(現KADOKAWA)のマンガ誌「少年エース」で連載していたのを井上(伸一郎)(※4)さんに「一緒にやるか」って、言ってもらえたりして。

その制作を進めながらオリジナルを作りたいという気持ちは大きかったので、並行してそれを考えました。

※4 井上伸一郎。KADOKAWA代表取締役専務。

――「もっと大きく」との話でしたが、ボンズが立ち上がってから『機巧奇傳ヒヲウ戦記』といったキッズものや、少女マンガ原作の作品もやられています。

『ヒヲウ戦記』はキッズもののつもりはあまりなくて、話としては結構ハードです。キャラクターは逢坂が作ったんだけど、アニメーションとしての動かせるデザインにしようって。

少女マンガは、白泉社さんと一緒にやらせてもらったのが多いですね。『桜蘭高校ホスト部』や『赤髪の白雪姫』とか。

――サンライズの頃のプロデュース作品は、『カウボーイビバップ』とか『ガンダム0083』とか『エスカフローネ』。世間からはボンズは尖ったイメージがあるのですが、むしろボンズは幅広い色んな作品が作れるのが強みかなと思います。

アニメーションは映像表現の一つで、自分達が自由な表現の場として選んでいるのが手描きのアニメーション。ジャンルに捉われる必要性がないというのがスタートだから。「アクションが得意でしょ」とか、「オリジナル多いよね」とよく言われるけど、それよりもだからこそアニメーションの自由な映像表現の広さを考えていますね。

――プロデューサーとして思い出の深い作品はありますか?

いつも聞かれるのですが一番というのはないんです。ただターニングポイントとなった作品はありますよね。例えば『カウボーイビバップ』の劇場版。サンライズの作品ですけれど、会社のスタートに立った時の作品で、世界中のファンの方達にずっと応援してもらえているのは大きいです。

オリジナル作品として制作した『ラーゼフォン』は作ったばかりの会社には非常にチャレンジだった。かなり苦労して通した企画ですね。そして『WOLF'S RAIN』があり、大きなターニングポイントとなったのが『鋼の錬金術師』ですよね。作品としてもすごく大きくなったし、土曜日夕方6時の大きな枠で全国ネットで放送してもらって。海外でもすごい人気になりました。

スクウェア・エニックスの田口(浩司)さんや毎日放送の竹田(靑滋)さんと出会えた作品でもあります。当時はアニプレックスでいまはエイベックス・ピクチャーズの勝股(英夫)さんや大山(良)さんとのチームで作って。会社というよりも人との付き合いで作品づくりが出来た作品が『鋼の錬金術師』ですね。

――息の長さでは、『交響詩篇エウレカセブン』のシリーズも大きいです。

『エウレカセブン』はオリジナルで1年50話。その規模の作品はなかなか出来ないし、これも日曜の朝7時で全国ネット。オリジナルのロボットものをその規模で制作できたのはサンライズ以外では、たぶんいまでもないんじゃないですか。

■ボンズだったら自分が求めるもの、目標とするものを世に出せる

――ボンズがいま成功している理由は、何ですか?

成功しているのかな?(笑)、設立から今年10月で丸20年経ちます。その間のタイトルをずらっと並べてみると、ほぼ60タイトルあって。それはすばらしい事だと思います。

――すごい数ですね。

大ヒットしたもの、中ヒットしたもの、あまりヒットしなかったものもあるけど、それは結果であって、作品ごとに認められてるんじゃないかというのはあります。自分が言うのもなんですけど、この60タイトル全部がお客さんには届いていて、いろんな見方をしてもらって、アニメーションの魅力や幅を広げたのではないかと。それはうちの会社が愚直にやっている部分です。

――先ほどの「成功」って少し誤解がありそうで、会社の規模が大きくなったというより、どの作品にも「ボンズの個性が見える」のがひとつと、60タイトル並べたときに「みんな知ってるものばかりだよね」というのが凄く大きいと思います。

そう言ってもらえると嬉しいですね。60タイトルを並べた17分ぐらいのビデオがあるんですよ。これをドイツのイベントで流したんですけど、楽しかったですね。1タイトル10、20秒くらいで。ズラーっと並べたのをお客さんと一緒に盛り上がって。ひとつひとつの作品が受け入れられてきたのは大きいと思いますよね。

廊下に貼られたボンズ作品のポスター。『血界戦線』『僕のヒーローアカデミア』『ひそねとまそたん』など、世界中にファンを持つ名作を次々と生み出してきた。

――なぜそうした優れた作品が生まれて、それを制作する才能のあるスタッフがボンズの周りには集まってくるんですか?

ある種好き勝手にやれるって部分があるんじゃないですか(笑)。アニメーターや監督はアニメーションを作りたい訳ですよ。ボンズだったら自分が求めるもの、目標とするものを世に出せるんじゃないかと考えて、一緒にやってもらってると自分は思っています。

例えば五十嵐(卓哉)監督もロボットオリジナルをやりたい気持ちが昔からあったみたいで、『桜蘭高校ホスト部』と『ソウルイーター』では原作ものの監督をやって。その後に『Star Driver 輝きのタクト』という名作を作ってもらいました。

五十嵐監督はうちの作品をやっていく中で、アクション系とかロボット系のスタッフとも交流して、次のタイトルをこう作ろうとプラニングしてくれていました。動画を6千、7千枚使いますといった時に、それをどう使えば映像に反映されるか。美術や色彩も、監督がこの作品はどういう映像フィルムになるんだって最初にプランニングして、プロデューサーと共有する。そういうチームをうまく組めるようになっていったと思います。

「うるせー」って、監督陣からの声がちょっと聞こえてきそうだけど(笑)。でも気持ちとしてはね、そういうところで一緒に作っているつもりです。

制作のメンバーも、みんなそう思ってもらっているんじゃないかな。そういう積み重ねで、作品ができていると思ってます。

仕事現場のスタッフ。その目は真剣そのものだ。

膨大に積み重ねられた「カット袋」の山からも、ひとつのアニメーション作りにかける労力と熱量が伝わってくる

――作品の企画を立てる、決めるのはどうやっているのですか。

制作チームとスタッフがどういったものを作りたいか。1年後、2年後に放送され、お客さんに見てもらう時にどういう作品になるんだというのが企画の一番肝になると思っています。

プロデューサーがこういうオリジナルをやりたいとか、こういう作品やりたいとか、あるいは原作ものでこれをやりたいとか。企画が上がると、ここが足りないとか、じゃあそれをドラマとしてどう入れるのかを考えながら作っていっています。

――監督やアニメーターによく言っているみたいなことはありますか?

いや、作品ごとですね。「何言ってんだ」って大体言われますけどね。『モブサイコ』の時にね、立川(譲)監督とキャラクターデザインの亀田(祥倫)くんに、「高級感のあるフィルムにしてくれない?」って言って。「高級感すか!」みたいな(笑)

それを言ったら超能力発動がキラキラして、「わ、高級感あるね」って。そう言う意味で言ったんじゃないけど(笑)

あとはやはりオリジナルのほうが、監督達と話すことは多いんじゃないかな。

――長年やっていると企画のツボみたいなものは見えてくるんですか?

ツボっていう捉え方ではないですね。ポリシーみたいなものは多少あります。ただ作るのはスタッフであり、現場、スタジオごとでそれぞれ違う部分が多いと思うんですよね 。

――プロデューサーに対してはどうですか?

プロデューサーには口うるさい方じゃないですか。バランス感覚についてが多いかな。予算や作品をどのようなメディアで、どう出していくか。「オリジナルやりたい」と言っても、それだけでは誰も出資しないから。テレビでやるんですか、配信ですか、OVAですか、劇場というのもあるし。予算はいくらかかるのか、どう予算を振り分けるのかとか。監督とプロデューサーが作品全体の事を組み立てて、まずプロデューサーとしてどういう内容の作品にしていくか。

■一つの会社だけどスタジオごとの特徴が作品に。それが面白い

――スタジオの構成についてもお伺いさせてください。

スタジオは現在A・B・C・D・E。5ラインですね。それぞれが作品を持っていて、一番新しいEスタジオが『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』(※5)が非常に長い期間かけて作る劇場シリーズになるので、そのためのスタジオとしました。

スタジオは1年ごとに違うタイトルになったり、スタッフも入れ替わるのですが、そこに「エウレカ」の劇場を入れられないなと思って、別のラインを組みました。

※5 『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』。2018年にスタートした劇場3部作。

――スタジオは本社と、その周辺ですか?

基本はここ(本社)。ABCDはここで、Eは別のところ。本社の1階がAとDで、2階がBとC。

ひとつの会社だけど、各スタジオで作品を決めるので、そのスタジオとか、プロデューサーの特徴が作品に出てくる。それが面白いと、今後も続けていこうと思っていますね。

――テイストとか絵とか、スタジオごとに変わるものですか?

プロデューサーや監督の求めている映像はやっぱりいろいろ違います。Dスタはいま鈴木(麻里)という女性プロデューサーで『文豪ストレイドッグス』を制作しています。女性的な部分はやはりあるフィルムだなと思います。例えばAスタで『文豪ストレイドッグス』をやったら、多分違うフィルムになると思いますね。結局そういう部分じゃないですか。同じ原作もので、同じ企画でも、違う作品となるのはやっぱり面白いですよね。

同じボンズの作品でも監督やプロデューサーによって色が変わるという

――世界的にCGアニメーションが広がっていることについてどう思われますか?

うちのタイトルもほぼハイブリッドです。どちらかというと手描きに近づけたCGを使っています。車とかモブシーンとか、手間かかるところはCGでやってもらっている。『ひそねとまそたん』では航空機をCGで制作していました。

『Toy Story』が1995年にでて、その後2007年に『レミーのおいしいレストラン』が上映されましたが、ショックでしたね。フランスの市街地がCGで組み立てられて、そこを走り回るネズミを見た時に「やばいな」と思って。CGが垣根を超えた瞬間だと思うんですよ。手描きのアニメーションの自由さにCGが侵食してきた。もう「手描きのアニメ作れねえんじゃないのか」って思った時代も実はありました。

ただ10年くらい前から海外のコンベンションに行くようになったら、日本の手描きのアニメーションが人気があるですよね。お客さんの熱量とキャラクターに対する思い、そして毎年そのお客さんが増えているのをコンベンションで実感していて。「俺たちが作っている手描きのアニメーションの表現を好きって、まだまだ求められているんじゃないか」って。そこからすごい安心した。逆にもっとチャレンジができるようになったと思います。

――アニメは愛されて、むしろ大きくなっている。

大きくなっていますよね。うちが『A.I.C.O. Incarnation』をやっているネットフリックスとか、海外企業がライセンシーになって配信したり。今まで、日本のアニメを全く観ていなかった人たちに観てもらって、それで好きなアニメがいくつも出来てくれれば、われわれにとって楽しくて幸せなことだと思いますね。

――そういう作品も作り手があって成り立つのですが、今後いいクリエーターを維持して育てていくことについてどう思われますか?

人材育成は日本動画協会が取り組んでいる産学連携とかで育てなければいけないのかと。プロダクションとしては学校から社会に出てきた時にきちんと支援する体制ができるか。あとはギャランティの問題も解決しなきゃいけない部分。

――ギャランティの話が出たのですけど、現場がきついという話がよくあるんですけれど、次第に良くなっているとの印象もあるんです。まだ足らない部分もあるけれど、これから良くなっていくと考えておられますか?

スタッフのギャランティは全体的には上がっています。われわれがあずかる制作費も上がってきています。

ただ問題は業界全体でタイトル数が多すぎますね。テレビでうち以外のスタジオのアニメーションを見た時に、たまに「どうやって簡易化するかを考えすぎているフィルムがある」って思います。

――何か時間を節約しようとか?

日本のアニメーションは3コマ打ち(※6)といったリミテッド。ディズニーがやってきていたフル24コマまでお金かけられないから枚数減らしましょうと、引き(※7)とかパン(※8)とか色んな手法を駆使して、先輩たちがそれをきちんと演出にしてきた歴史がありました。

今はそこをちょっと乗り越えちゃたんじゃないかな。本当に手数を減らすためだけにやって、演出に乗っかってない処理とかが増えているんじゃないかなと。たぶん予算がないことが問題でなくて、単純にスタッフがいない。スケジュール通りにあがらない。それはすごく悲しいフィルムだと思うんです。

※6 映画のフィルムは通常は1秒間に24コマで作られる。3コマを同じ絵で兼用して、一秒間に8枚の絵で制作するアニメーションを3コマ打ちと言う。

※7 アニメーションの撮影技法のひとつ。セルや背景画を引っ張って撮影する。

※8 アニメーションの撮影技法のひとつ。カメラを固定して被写体を一方向にずらしていく。

――もう少し人がいればできるのに、その人がいない?

人がいないから、ひとりに出来るものにしようって感じになっちゃって。それがね、ちょっと悲しくて。うちの会社の作品も非常に苦労しています。制作、スタッフ共に苦労して作っているので、本数がもうちょっと減ってくれないとしんどいなと思います。

アニメ需要に対して優秀なアニメーター人材の供給は慢性的に不足しているという。

■海外のスタッフと働く可能性は?

――先ほど学校の話がありました、海外から日本の専門学校に来て学ぶ人も増えています。

海外出身の生徒は増えているようです。30%くらいが海外からの留学生という学校もあったり。その先にビザの問題とかはあるけれど、海外から来られるかたは、これからも増えてきていますね。

――制作現場にもでしょうか?

ボンズでも仕事をお願いしています。フリーの方もいるし。ネットで仕事を出来る時代になってきているんじゃないですか。今後はアメリカとか、フランスとか、中国とか、全世界のスタッフが参加してもらえる環境ができないことはないと思うんです。ただやっぱりいろんな問題があって、一番怖いのは仕事が仕上がらないこと。現場まで回収にいけない。

――その場でビシッと言ったり、直接取りに行くことができないわけですね。

いざとなったら成田に走る。それで飛行機に乗る(笑)。で、地図で家を確認するといった話には当然ならない。流石にそれは現実的ではないんです。

そこがクリアになれば、日本のアニメーションが好きな人たちがたくさんいる海外の人とも一緒にやると面白いものづくりになるとは思います。

――信頼できるのであれば、スタッフとして一緒に働くことも出来る感じですか?

ぜひやりたいですね。よくスタッフやデザイナーと話すのは、自分が育ったところとか、見てきた風景、環境によって描く絵が違うって。見えているものがまず違う、人の動きも。例えば、日本人とイギリス人とアメリカ人って、それぞれ人の動きが違うんですよね。当然みんな見てきたものを描くんで、それは、ちょっと面白かったりしますね。

――絵も変わってくる?

当然変わります。あと色も変わりますね。風景も変わりますけど、色が一番大きいかもしれないかな。

――色使いはフランスっぽいとかアメリカっぽいって明確ですよね。

それはね、空気なんですよ。日本でも、東北の人たちと中国地方の人たちって色が全然違う。空の色とか建物の色も違ってみえる。そこに住んでいるからこそ見えるものがあるって事ですね。

■ファンの応援で次の作品につながる

米国で開催されたAnime Japanのボンズ出展ブース。来場者は年々増えている。

――ファンがアニメスタジオに対してファンができることって何かありますか? 作品を応援したい時にどうすればいいですが。

作品が大きくなるのは、作品を見てもらうのが一番です。例えば配信をどれだけ見てもらえるか、視聴数はカウントされるから。多ければボンズの作品は人気があるので、次も配信しましょうとなる。購入金額や、次の契約につながる。勿論ブルーレイを買っていただくと本当に嬉しいです。コンベンションで作品のコスプレのファンにたくさん会えるとそれだけで嬉しくなりますね。

――例えばコンベンションとかにスタッフの方が参加されたりする時に、「面白かった!」という一言を、声をかける、それは意味のあることでしょうか?

ありますよ。すごく嬉しいですよ!自分でもイベントに行って声かけてもらって、「○○見ています」って、単純に嬉しいですよね。どんどん声をかけてください。

――最後にボンズからファンにメッセージをいただけないですか。

20年ボンズという会社でアニメーションというものを作り続けることができたことが本当に幸せだなと思っています。これまでの20年は「うん、よかったな」。

21年目以降のボンズは、これまでの20年とは違う新しいアニメーションを皆さんに届けていきたいと思っています。

日本だけでなく海外の皆さんのおかげで、そういう環境ができてきているのも事実です。日本のアニメーションを見てもらえる環境が広がっていることが非常に大きいので、皆さんが喜んで、また驚いてもらえる作品をやって行こうと。ぜひ期待してください。

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