「日本のミュージカル」にこだわる元タカラヅカ作曲家

●井良純さん=西宮市(撮影・後藤亮平)※●は「高」の異字体はしごだか

 元宝塚歌劇団の作曲家で、兵庫県・西宮を拠点にミュージカルを創作する●井良純さん(85)が活動の集大成として、2019年から自ら主宰する3団体の合同公演を計画している。19年は但馬が舞台の「天日槍(あめのひぼこ)物語」を、翌20年には新作「TSUNAMI 津波」を上演する。いずれも伝説や史実を素材にした壮大な作品だ。公演に向けた意欲、そして「日本のミュージカル」にこだわる理由について聞いた。(藤本賢市)

 -一貫して日本人が日本語で演じる「日本のミュージカル」を活動の柱にしてきました。なぜ、そこにこだわるのですか?

 「海外の優れた公演に触れるたび、世界に通用する作品にするためには、日本の文化や歴史を素材にしたオリジナルでなければならないと痛感した。興行としては既存のヒット作を取り上げる方が楽だが、それでは創作のノウハウが育たない。いつまでも欧州のオペラなど優れた舞台作品と肩を並べられない」

 「そこで日本ミュージカル研究会(JMA)、但馬ミュージカル研究会(TMA)、劇団『希望』と、いずれも兵庫県に拠点を置く3団体を率い、私自身の作・作曲・演出作品を中心に上演してきた」

 -作曲家としてスタートした●井さんですが、音楽だけでなく、舞台全般にわたって優れた作品を次々発表しています。

 「モーツァルトの『魔笛』やバーンスタインの『ウエストサイド物語』を思い起こせば分かることだが、オペラやミュージカルで最も大切なのは音楽だ。だから、作曲家こそが創作の中心にいなければならない。だが多くの場合、作曲家は舞台の一部を担うだけに追いやられている」

 「私は宝塚時代に多くの優れたスタッフに接したおかげで、舞台を総合的に学ぶことができた。描きたい場面があれば、せりふや音楽、ダンスを同時にイメージできる。照明の効果も駆使できる。交響曲の四つの楽章のように、緩急があり、アクセントのついた世界を描けているとしたら、そのおかげだと思う」

 -「天日槍物語」は反響が大きく、但馬内外で10回以上の再演を重ねた作品です。思い出も多いのでは?

 「1994年に『但馬・理想の都の祭典』の主要イベントとして住民参加で初演され、このときの出演者やスタッフを中心にTMAが発足した。稽古のためJMAのメンバーと一緒に但馬に通い、指導を重ね、地元の団員も苦労を乗り越えてくれた。初演前日、フィナーレの練習を終えると、大勢のメンバーが感極まって涙を流したのが忘れられない。来年9月には西宮の兵庫県立芸術文化センターで上演する」

 -新作の「TSUNAMI 津波」は「稲むらの火」で知られる浜口梧陵(ごりょう)の生涯を描きます。彼のどこに魅力を感じましたか?

 「梧陵は1854年の安政南海地震で津波が襲来したとき、稲わらに火を付けて、紀州広村(現和歌山県広川町)の村民を高台へと導いた。このエピソードは教科書にも載り、広く知られている。さらに私財を投じて堤防を設けるなど、防災の意識を広めた先駆者でもあった。災害の脅威に向き合い、苦難を乗り越えようとした姿を広く伝えたい」

 「社会が激しく変化した幕末から明治を生きた人だけに、お上に頼らず、自分の力で地域を守るという気概があり、積極的に外国に出向いて学ぼうとした。ペリー提督率いる黒船の来港や梧陵と親交があった勝海舟、吉田松陰らが登場する時代背景を絡め、生き生きと描くつもりだ」

 -「天日槍物語」をTMA結成25周年、「TSUNAMI 津波」をJMA結成50周年の記念公演と位置付けています。

 「多くの人に支えてもらいながら、魅力的なミュージカルづくりを探り続けてきた。大切なのは、テクニックに走らず、ドラマをしっかり描くことだ。二つの研究会の節目の合同公演で、ともにここまで歩み続け成長した劇団員たちが、このことをいかに表現できるか、楽しみにしてほしい」 【たかい・よしずみ】1932年、和歌山市生まれ。大阪音大卒。55~92年、作曲家として宝塚家劇団に所属。現在は69年に設立したJMAなど3劇団を率い、自作の上演を中心に活動している。 ※●は「高」の異字体はしごだか

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