ターニングポイント 認定拡大へ声一つに カネミ油症次世代の今・7(完)

「救済法生かされてない」

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 6月下旬、福岡市内。カネミ油症被害者福岡地区の会事務局長で油症2世の三苫哲也(48)は、国とカネミ倉庫との第12回3者協議(非公開)を終え、記者会見に臨んでいた。成果に乏しい協議内容を厳しい表情で語り、こう表明した。「13の被害者団体を一つの団体にまとめていく」。戦術を一致させ、国や企業と交渉する-。当たり前のようで、これまで実現できなかった新しい試みだ。
 1968(昭和43)年。福岡県大野城市のアパートで暮らしていた三苫の両親は、近くの米屋で買った汚染油を食べ、油症認定された。母は第1子を身ごもっていたが、病院で「黒い赤ちゃんが生まれるから堕(お)ろした方がいい」と言われ、泣く泣く堕胎。その1年余り後、三苫が生まれた。
 先天的に心臓に穴が開く疾患を抱えており、油症認定された。4歳で手術。皮膚症状は目立たないが腹痛や目まい、幻聴など内部症状に悩まされ、成長しても長距離走や水泳はできなかった。高校時代、国や企業の責任を問う裁判が終結したが、そもそも三苫は救済運動に距離を置いていた。
 転機は5年ほど前。2012年成立の被害者救済法に基づき、翌年から国とカネミ倉庫に被害者側の要望を伝える3者協議が始まるころだ。次世代を含む未認定患者の問題を知り、「自分が認定されていればいいという話ではない」と協議への参加を決めた。
 だが三苫はがくぜんとする。カネミ倉庫は難解な資料に基づき経営難を主張し、医療費拡充を拒否。同法に基づき、認定患者と同居した家族も患者とみなす新制度「同居家族認定」で当時胎児だった人を対象から除外している問題について、国は「直接油を食べていない」などとして制度の改善を拒んでいた。
 「救済法が生かされていない。国やカネミ倉庫はずるい」。三苫は憤る一方、2者の「のらりくらりぶり」に被害者側が対抗できていない現状も痛感した。全国13団体は要望などでも足並みがそろわず、3者協議では感情的な訴えに終始してしまう場面も目立った。
 「3者協議を前向きな会議と捉えるためには、理論と団結が一番」。三苫は、各団体の意思を協議前に統一する機関「連絡会」の設立を構想。活動の柱の一つは、放置された次世代患者の認定拡大だ。「油症患者から生まれた子は全員認定すべきとの主張を、一つの大きな団体の声として伝えれば強い力になる」
 今後正式に立ち上げ、来年以降の協議で成果が試される。「今がターニングポイント。次世代救済を実現すれば認定、未認定と区別するあらゆる公害問題に寄与できる。そして社会に訴えることができる。そう簡単に被害者の線引きはできないんだと」。三苫は前を見据えた。(文中敬称略)

次世代患者の救済などに向け、全国13団体の団結の必要性を訴える三苫さん=福岡市内