【エンタメの旅】ドラマ『下町ロケット』に見る〝意外なキャスト〟マーケティング

エンタメ界隈の気になる情報を独自の視点で考察する【エンタメの旅】。第二回目は、ドラマ『下町ロケット』で多用される〝意外なキャスト〟マーケティング戦略の秘密に迫ります。

世界の中心で〝ベタ〟を叫ぶ

マジンガーZが収まっているような格納庫から巨大な物体がその姿を現す。遠く離れた管制塔でそれを見守るスタッフ。いよいよカウントダウン。白煙を上げ、大空へ飛び立つロケット。心躍るBGMが打ち上げ成功の合図となる。現場にいる大勢の観衆が拳を振り上げ、歓喜の声をあげた。

これこれ。相変わらずのスケール感。いよいよはじまりました、『下町ロケット』シリーズ待望の続編。もうね。初回の視聴率がどうのとかそういうの、いいです。そういうの他に任せます。

だって面白いもん。ベタと言われようが、勧善懲悪の現代版『水戸黄門』と揶揄されようが気にしません。そもそも「東京生まれ、サブカル育ち」なメンタリティが〝高尚な感じブランディング〟に寄与する時代は終わりました。

今どきの若者たちを見てください。何のてらいもなく、西野カナの歌詞に涙し、TWICEや三代目のダンスを完コピする時代。それでいいのです。

むしろ、なんでも斜に構えて捉えマイノリティであることに価値を見出そうとするナナめ派閥こそ、〝こじらせ系〟や〝中二病〟と揶揄されてしまう時代。

そう、今や、世界の中心で〝ベタ〟を叫ぶ時代なのです。ああ、ベタって最高!

「〝意外なキャスト〟マーケティング」とは!?

さて。そんな、ベタで行こう!という制作陣の覚悟さえ感じる確信犯的ドラマ『下町ロケット』シリーズですが、そこには、現代ならではの緻密な戦略も。あるマーケティング手法が取られています。

それが、『〝意外なキャスト〟マーケティング』

あ。ググっても出てきませんよ。だって私が適当に考えた造語ですから。「下町ロケット」の人気に便乗して流行んないかなぁ。バズワードとして「今年の流行語大賞」とかにノミネートされないかなー。

そんなことより、「〝意外なキャスト〟マーケティング」ってなんぞや、ってことですよね。

はい。お答えします。「〝意外なキャスト〟マーケティング」とは、文字通り「え、この人がドラマに!?」というような、意外性のあるまさかのキャスティングで、そのドラマファン以外の客層も取り入れ、新たな市場を開拓しようという、マーケティング戦略。

ちなみに「〝意外なキャスト〟マーケティング」の条件は、門外漢であること。つまり、役者以外の芸人やアスリートや文化人などのキャスティングをもって意外性を創出するのです。

もちろん、「下町ロケット」の制作チームが「〝意外なキャスト〟マーケティング」と銘打って、意識的に戦略化しているかどうかは分かりませんよ。でもね。この『下町ロケット』というドラマ、本当に意外性のあるキャスティングを多用します。

ファーストシリーズでは、佃製作所のピンチを救う物語のキーマンともいえる弁護士役に、ホンジャマカの恵俊彰さんが抜擢。さらに後半パートの『ガウディ計画編』においては、外科医役として、これまたお笑い芸人である今田耕司さんを起用。ネットをざわつかせました。

ナレーター、松平定知のフィクションを現実に引き寄せるドキュメンタリー効果

中でも私が一番驚いたのが、ナレーターに起用された〝松平定知〟という選択。松平氏といえば、フリーとなった今でも、ザ・NHKのアイコン。大の歴史ファンである私にとっては、やはり『その時歴史が動いた』の名司会っぷりが印象に残ります。

そんなNHK色の強い松平氏を他局であるTBSが起用し、当初は、「大丈夫か!?」と懐疑的な意見も多かったことでしょうが、初回のナレーションを聞いて、すぐにその疑いは〝やられた〟に変わったのではないでしょうか。そう。これが『下町ロケット』制作チームの狙いだったのです。

その狙いとは、物語のリアリティを増すための装置。

さっきも触れたように『下町ロケット』は、現代の『水戸黄門』と揶揄されることも多く、良くも悪くもそのドラマチック過ぎる出来過ぎた展開に、ともすれば視聴者の心は「そんな上手いこといくわけないだろ」と離れがちです。

ところが、このご都合主義の物語に松平氏の〝語り〟が加わると、その離れかかった気持ちを良い意味で現実に引き寄せます。つまりリアリティが増すのです。

それは、松平氏が『その時歴史が動いた』という〝史実〟を語っていたせいかもしれません。『その時歴史が動いた』を見ていた人間にとっては、彼の声が加わることで、『フィクション』が『ドキュメンタリー』に変換されてしまうのです。

本当にそこまで計算ずくなの? と、疑問の声もあるでしょうが、恐らく確信犯であります。うん。間違いない。

なぜなら、同局で放送された同じ池井戸潤原作の大ヒットドラマ『半沢直樹』や『ルーズヴェルト・ゲーム』で検証済だから。

実はこの二つのドラマのナレーターもまた、元NHKアナである山根基世さんが担当。NHKスペシャルなど、多くのドキュメンタリーの声を担当してきた彼女の〝語り〟は、どんなフィクションをもリアルに印象操作します。

ちなみにこの二つのドラマの制作チームが『下町ロケット』も担当。当然、検証済である、この〝リアリティを増す装置〟を、『下町』に利用しないはずがありません。

というわけで、意外な配役は、役者以外のナレーターのキャスティングにまで及んでいたのです。

これまでの〝ドラマに芸人を起用する〟は、戦略ではなく大人の事情だった!?

ところで、ドラマに「意外な配役」を持ってくる戦略ですが、実は古くから存在します。ドラマに芸人がキャスティングされるのなんて、特に目新しさは感じないけど。そう思った方も多いことでしょう。

ただね。これまでのケースは、戦略的というより、どうも〝大人の事情臭〟がしてしまうのです。芸能界のあれやこれや、があっての〝仕方なしに感〟というやつ?

つまり、〝ドラマをヒットさせるため〟が目的ではなく、その芸能人の仕事の幅を広げる為とかバーターとか、むしろ〝タレントさんを売る為〟が主語になっていたような気がするのです。もちろんこれは私の主観ですが。

しかし『下町ロケット』の制作チームがこの「意外な配役を企てる」ことに勝機を見出し、ドラマのヒットを大命題に据えて戦略化した。

ちなみにバラエティにおいてもこの戦略は時に用いられます。かつてフジテレビで放送された『トリビアの泉』がその代表例。

ドラマの配役における意外性は、門外漢である芸人に求められますが、バラエティにおける〝意外〟は、俳優に求められます。

ご存じの通り『トリビア』のMCは、俳優の八嶋智人さんと高橋克実さんの2人が務め、その意外性の創出はもちろん、アカデミックな世界観の構築にも寄与したのではないでしょうか。

さて。そんな『下町ロケット』新シリーズにおいて意外性を託されたのは、イモトアヤコと古舘伊知郎氏。

ではここで『下町ロケット』新シリーズの第一話のあらすじを軽くおさらい

日本屈指の大企業、帝国重工にその技術力の高さを認められ、純国産ロケット開発計画という一大プロジェクトにおいて、佃開発のバルブシステムが採用。

順風満帆な佃製作所だったが、帝国重工の社長が交代、ロケット開発プロジェクトが打ち切りになるかもしれない事態に。さらに大口取引先の農機具メーカーから小型エンジンの取引削減も告げられ、窮地に立たされる。

そんな中、佃製作所の経理部長・殿村直弘(立川談春)の父親が倒れた。農家を営む殿村の実家を見舞いに訪れ、手伝いがてらトラクターを運転したことがきっかけで、農家の「困った」というニーズを知った佃は新たな夢を抱く。

トラクターにスポーツカーのようなハイスペックは求められていない。頑丈で壊れないエンジンを作ることが、ユーザーが心から求めるスペックである。

佃の〝モノ作り魂〟に火がついた。その〝ユーザーの為に〟を実現すべく、ベンチャー企業「ギアゴースト」のコンペに参加。独創的な発想と技術力で見事勝利を勝ち取る。

天才エンジニアとライバル会社の社長をあの二人が演じる

さて。イモトが演じるのは、このベンチャー企業「ギアゴースト」の副社長であり、天才エンジニア島津裕。ファーストシリーズで、佃製作所の技術力の高さを見抜いた帝国重工宇宙航空開発部部長の財前(吉川晃司)のように、佃が作ったバルブの実力に島津は驚愕するのだった。

一方、古館さんは、佃製作所の新たなライバル企業となる、コスパ重視の小型エンジンメーカー「ダイダロス」の社長、重田というヒール役を演じる。

しかも物語を左右するキーマンになるような役に〝演技初心者マーク〟なこの2人をぷっこむという勇気ある選択。まさに驚きを生むキャスティング。「〝意外なキャスト〟マーケティング」の本領発揮であります。

「あの人は今!?」的な愛しさと切なさと心強さと

しかも今回のシリーズでさらに驚かされたのが、ある二人の隠れキャラ的な存在。

共に〝門外漢〟ではなく俳優であることから、当然、意外性は感じないと思う方が多いハズ。だが2人が登場した瞬間、我々は「まさか!?」を味わうことになります。

それは「あの人は今!?」を見た時に感じる〝思わぬ変貌〟に対する「まさか!?」に似てるかも。

その一人が、佃製作所の経理部長・殿村直弘(立川談春)を長年支える妻の咲子。この役にキャスティングされたのが、工藤夕貴だ。あの井沢八郎の娘である。いや、井沢八郎なんて、今の人は誰も知らないだろうけど。

ていうか来年で私は50歳になるわけだが、そんなおっさんの私でも井沢八郎についてあまり詳しくは知らない。けれどもなぜか、デビュー以来「あの井沢八郎の娘」という文脈で工藤夕貴は語られることが多く、その度に「それって売りになるのだろうか」という疑問を抱いたものである。

そんなことはどうでも良い。ちなみに工藤夕貴が民放連続ドラマ出演となるのは16年ぶりのことらしい。

一瞬「この女優さん、だーれだクイズ」を出題されたかと思ったくらい、その難問に頭を抱え答えを出すまでに時間がかかってしまった。そしてその答えが「工藤夕貴」と分かった時の衝撃と言ったらあなた。

で、もう一人の隠れキャラが、毎日がノー残業デー。どんなに多忙でも定時に帰ることを信条にする佃製作所きっての偏屈ものでエンジニアである、軽部真樹男。

なんとこの役を演じるのは、あの『「1億人の心をつかむ男」新人発掘オーディション〜21世紀の石原裕次郎を探せ!』で、応募総数5万人の中からグランプリを勝ち取った、徳重聡である。

これまた唐突に出題された「この俳優さん、だーれだ?」クイズに戸惑うも、工藤に比べると比較的スピーディに正解にたどり着く。

当然だろう。なにしろ1億人の心をつかんだ男である。そりゃ、忘れるわけないよね。とはいえ、1億人の心をつかんだ爽やかさは微塵も感じさせない。やる気もなくどっかへ笑顔を捨ててきたような、とにかく嫌な奴である。

いずれにせよ、この二人を見た瞬間、〝懐かしい〟という愛しさに加え、なんとなく切なさも感じ気が沈んでしまった。

が、すぐに俯いていた顔をあげた。「彼らも頑張っているのだから自分だって負けちゃいられない」そんな心強さをもらい、まるで篠原涼子の「恋しさと せつなさと 心強さと」を初めて聞いた時のような「一体どの気持ちが正しいのかよくわからん!」というツッコミを入れたくなった次第である。

ともあれ、ストーリーは予定調和と揶揄されてしまうこともあるが、キャスティングにおいては、イケイケどんどん。ミステリー仕立てで全く先が読めない。

そしてそれこそが「〝意外なキャスト〟マーケティング」戦略の狙いであり、ドラマの魅力の一部として機能していることは言うまでもない。

あー。早く日曜になんないかな。

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