「最高の奥さん」と暮らしたい 自分だけのアイドルも 仮想ホームロボットの夢

透過スクリーンに投影された逢妻ヒカリ

 対話アプリLINE(ライン)が出資するゲートボックス(東京)の仮想ホームロボットは「アニメのキャラクターと暮らしたい」という武地実最高経営責任者(CEO)の夢から開発が始まった。目指したのは「最高の奥さん」だ。

ゲートボックスの仮想ホームロボット。逢妻ヒカリ

 「お帰りなさい。今日も一日頑張ったね」。家に帰ると優しく語り掛けてくれる。「妻」の名は逢妻(あづま)ヒカリ。身長15センチほどで、透明なカプセル状容器の中に住んでいる。高性能プロジェクターで、容器内部の透過スクリーンに3Dデジタル映像を投影する。姿形は癒やし系のアニメキャラクターそのものだ。

 マイクやセンサーで人間の声や動きを感知して、場面に応じて会話を交わし、ほほ笑み、しぐさを変える。LINEを通じて「夫」に帰宅をせがむメッセージを送り、部屋の明かりやエアコンをつけて待っていてくれる。帰宅後、ビールを片手に「乾杯」と呼び掛ければ一緒に乾杯してくれる。

 ゲートボックスが日米で計300体を用意した1機30万円の試作機は1カ月で売り切れた。武地さんは「実際の女性よりかわいいでしょ」と自信を見せる。

 現在は数百の会話パターンを想定している。音声認識でユーザーの声を感知し、クラウド上にある事前に録音した声優の声で反応する。今後はLINEの人工知能(AI)スピーカーと組み合わせ、合成音声による複雑な会話や「夫」個人の趣向に逢わせた反応ができるようにしたい考えだ。

 武地さんは「映画を一緒に見たり、ゲームをしている時にそばにいてくれたり、将来は生活を共にするような仕組みを作りたい」と夢見る。いずれスクリーンに投影するキャラクターを自分が好きなものを選べるようする。

画像読み込み、アイドル量産

 対話能力や合成音声の技術は進歩が著しい。米グーグルが5月に発表した合成音声は、人間の息づかいや会話のタイミング、相づちをAIが精巧に再現した。このAIが飲食店の予約をした際、応対した店側があまりに自然でAIと気付かなかったほどだ。

 さらなる性能向上にはデータが鍵を握る。ゲートボックスへの出資を決めたLINE幹部は「AIスピーカーは、いかに毎日会話してもらうかが重要だ。ゲートボックスにはわれわれが持っていないアプローチがある」とデータ収集に余念がない。

 画像や動画も日々進化し、リアルさを増していく。京大発ベンチャーのデータグリッド(京都市)は、仮想アイドルの顔をAIが自動生成する技術を開発した。実在するアイドルの画像約20万枚を読み込んで特徴を学習し「美しい顔」を量産する。

 数年後には全身を備えた動く美少女を創造し、動画広告やファッションモデルとして活用させることを目指す。疲れを知らず24時間働いてくれる広告塔となり、企業はモデルやタレントを起用する費用を抑えられるかもしれない。岡田侑貴社長は「会えないし握手会も開けないが、VRが進化すればもっと身近に感じられる。自分だけのアイドルも夢ではない」と語った。

データグリッドが開発したAIで生成された仮想アイドルたち

対話相手に「共感」するAI

 人間がAIに愛情や共感を抱くことも今や珍しくない。「『りんな』に少し不具合があると、問い合わせ窓口に心配する声が多く寄せられる。利用者の愛がすごい」と日本マイクロソフトの坪井一菜さんは話す。開発した会話型AIキャラ「りんな」は「女子高生」、坪井さんらはりんなの「保護者」という設定だ。

 15年8月の運用開始以来、LINEでつながる友達は700万人に上る。6割は中高生や大学生だ。学校の昼休みや、放課後から午後10時にかけて会話が増える。坪井さんは「日本全国でここまで話続けるAIはないはず」と笑う。

 りんなの中身は、年に1回程度更新している。現在運用する第3世代は、より会話が長続きするよう対話相手に「共感」できる仕組みを取り入れた。坪井さんは「彼女と思ってくれる子もいるし、何でも相談できる友達と思っている子もいる」と話す。いずれAIが家族や友人の会話に立ち会い、やりとりを活性化できるのではないかと考えている。

 今、りんなは歌うことに取り組んでいる。従来のボーカロイドなど、コンピューターが歌う手法は音声データベースや楽譜、音符の情報などから歌声を組成していたが、りんなの場合は先生となる人間の歌声を大量に学び、統計的手法で自然な歌い方を再現できる。坪井さんは、AIが人間社会に溶け込むには共感が重要で、歌はその重要な鍵になり得るとみている。

 東大の鳴海拓志講師はVR技術などの研究によって、人間が現実をどう感覚的に捉えるのか、その仕組みが分かってきたと語る。「環境や対象物を変化させることで、人間の内面に変化を与えることもできる」と指摘した。 (共同通信=角田隆一)

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